『安息をはこぶ風』

高梨 茜

 カーテンが風に揺れている。

 私は風に揺れるカーテンを眺めるのが好きだ。

 流れてくる風が心地いいと、もっと好きだ。

 西日が差し込んで、レースの影の模様をベッドのうえに描く。風が吹くたびに模様も揺れる。うつぶせになった私の腕の上にも揺れている。

 うっとりする。

 海に行くはずだった、今日は。

 同行することになっていた友達は、仕事を休めなくなったと伝えてきた。

「まだ泳げない海に行っても仕方ないだろ?」

 そんなことも言っていたので、はじめからあまり乗り気じゃなかったんだろう。

 べつに男女の仲なわけでもないし、無理してまで私の機嫌を取ることはないと踏んだのかもしれない。めんどうくさがりやなのだ、彼は。

 ひとりで行っても良かったのだけど、電車だと片道三時間は掛かってしまう。友達のことは言えない、私も億劫がりなんだ。

 海のことを考えながら、洗濯をして、お茶を飲み、読みかけの本を読んだ。靴も磨いた。洗濯物を取り込んで畳んでしまうと、もうやることはなかった。

 海のことを考えながら、夕方の風をに吹かれていた。ベッドに倒れこんで。

 砂浜はあたたかいだろうか。

 真夏の砂浜ははだしで歩けないくらい熱いけど、今ならはだしで大丈夫だろうか。

 日焼け止めも必要だ。タオルも持って行かないと、うずうずして波に近づいてしまったとき困る。

 波は高いだろうか。しおが満ちていたら、ずぶぬれになるかもしれない。

 季節外れの海には誰かいるだろうか。

 私みたいに、海を見にくるひとはあまり多くないのだろうか。ひろいひろい海と空の青さを、何もさえぎられることも無くながめたいと望むひとは。

 塩っぽいにおいと、寒いくらいの海風を、私はいま感じることができる。

 ゴミも落ちてる。でも、思いがけず少しだけ見えた魚に微笑んでしまう。

 きれいな、まっしろな砂浜をずっと歩いていく。

 そこまで考えて、自分のベッドの上の光が赤いことに気づいた。

 夕日の赤だ。この部屋ではおなじみの、すだれとレースカーテンごしの、赤。

 ゆらめく影と赤い光は、波を連想させなくもない。

 ふしぎと赤い光がしっくりくる。

 結局は、明日もあさっても海になんか行かないことは判っていた。何もするべきことなどないのに。

 ひとりで行けるものならきっと、もう何度も行ってる。

 海は近くて遠いからいいのだ。あまり頻繁に行けないから特別なかんじがするのだ。

 でもやっぱり、海の傍に住んでいれば、海をたくさん見に行ったかもしれない。

 私の部屋に揺れるカーテンと西日があるように。それを見てうっとりするように。

 それとも。

 近くに在ることによって、特別に感じたりはしないかもしれない。

 波の音やしおのにおいに苛立つようになるのかもしれない。

 寝返りをうって見上げた空の色は、もう紫だった。ほどなく闇が来る。明日もカーテンは揺れるだろう。波の模様をつくって。

 海は消えたりしない。いつかは絶対に、会える。

-了-

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