『答えの無いよるのゆめ』

小鳥遊 茜

登場人物

本山優(15)
高校1年生。父親の転勤で最近引越してきた。『悪』、特に『殺人』に対し激しい嫌悪感を持つ。普段は明るく元気な印象。ものごとを深く考えすぎる傾向がある。
桃子(14)
中学2年生。仲の良いとは云えない家庭に育った為、幸せな暮らしを夢見る少女。理想を語っては悦に入る。優のご近所さん。
雷太(15)
高校1年生。優の友人。身体の奥に熱いものを飼っている男。戦争が嫌いで、このイラク戦争の折には反戦デモにも参加していた。
桜井正志(33)
会社員。原発の管理職。明るく誠実で優しい青年。原発勤務ということでご近所に嫌われぎみ。優の隣に住む。
本山源三(50)
優の父。過去、『間接的に』人を殺したことがある。温厚で良い父親。
本山美恵子(49)
優の母。ごく一般的な母親。
西条洋子(35)
源三の工場整備ミスにより夫を亡くし、本山一家を恨んでいる。息子がひとり。
かすみ(27)
OL。上司のセクハラに悩んでいる。しかし特別強い性格では無いので嫌とは言えずにいる。
中須(37)
大学病院勤務医。尊敬する人物は野口英世。医者という職業に誇りを持っている。
吉村(28)
中須の助手として働く大学病院研究員。臆病。
日高(28)
中須の助手として働く大学病院研究員。飄々としている。
小林(44)
陸上自衛隊1尉。使命のために自らの命も投げ出す覚悟の熱血漢。

夢の中・木々に囲まれて

 
若い男が可憐な少女を追いかけている。
逃げる少女、裸足。土にまみれ、汚れたチェックのスカート。
男の右手に光るナイフ。
少し離れた同じ木々の中で少年たちが数人、鬼ごっこをはじめる。ジャンケンに負けた本山優(当時5歳)がその場に残り、あとの少年達は散っていく。
逃げる少女、足首に血が筋。
男の足音は近い。
優を見つけた少女は、そちらへ駆けて行く。優も気づく。
少女、優に向かって倒れこむ。2人とも地面に投げ出される。
文句を言おうと優が顔をあげる。少女が何か懸命に言っているが、優には聞こえなくなる。
少女越しに見える男の手が振り下ろされる。
この世のものとは思えないほど、恐ろしい表情の少女。

優の部屋・朝

 
静かに目をあける優(15)。体を起こし、しばらく放心する。

メインタイトル

『答えの無いよるのゆめ』

 
優、ベッドから起き上がる。

食卓

 
父・源三(50)が新聞を広げながら朝食をとっている。
制服を着た優が椅子に座ると、母・美恵子(49)が皿を並べる。
美恵子
「ちゃんと勉強したの?」
優、箸を取りながら美恵子の顔を見上げる。少しの間のあと、にっこり笑う。
「すっげー良く寝たから、かンなり元気!」
美恵子
「まっ!」
「だぁいじょうぶだーーって。こっちの学校、遅れてるんだからさ。東京のヤツラが、良いなーって!」
美恵子
「また電話したの?携帯代誰が払ってると思ってるの!」
「良いじゃん。出世払いにするから!」
飯をかきこむ優。
美恵子
「出世払いってのはねぇ。出世してもしなくても結局払わなきゃいけないのよ?知ってた?」
「……(食べてる)」
軽く溜息をつく美恵子。源三は笑いを堪えるように新聞に食い入っている。

通学路・田園

 
田んぼに囲まれた、長い一本道を行く生徒たち。
その中に優の姿。
後ろから走ってくる雷太(16)、優の背をカバンで叩く。
雷太
「はよっ!」
「おはよ」
連れだって歩き始める2人。
雷太
「勉強した?」
「んー…ってか、なんでテストの日ってみんな同じこと訊くのかなー。どうでも良くねぇ?ひとのこととか」
雷太、ありあまる元気を強調するかのように、大袈裟に空を見上げる。
雷太
「挨拶代わりかな。話題の提供ってやつ」
「ふーん……」
雷太
「それとかさ、『こいつは勉強するヤツだ』って判るじゃん。俺はキミのことをし・り・た・い・ワケよ」
優、ふいに笑う。
雷太
「(な)んだよ」
「いや、どーでも良いことに真剣に返してくれんだなって思って」
雷太
「(ムっとして)真面目だって言いたいんだろ。良いよ。別に。俺真面目なこと自覚してるもん」
女子の集団が走って2人を追い抜いていく。
雷太
「やっべ!俺の輝かしい無遅刻記録に傷がつく!」
走り出す雷太。
雷太
「何やってんだよ!先行くぞーー!」
優、歩く速度を変えない。田んぼから吹く風。

高校の食堂・昼休み

 
混雑する食堂、雷太と優、クラスメイトの田中(16)が昼食をとっている。
雷太
「なー、何で走らなかったんだ?俺気になる」
「だから、別に理由なんか無いって」
田中
「本山が正しい!遅刻だろうがなんだろうが気にしねえんだもんな!」
雷太
「おまえは遅刻しすぎだっての」
田中を小突く雷太。頬杖をつく。
雷太
「……変わってる、な」
優、うどんを掴んでた箸を止める。
田中
「あーーー!それってイジメじゃないのぉ?!イジメのはじまりーっ!」
雷太
「ぶぁか」
「俺は、おまえみたいなタイプ良いなって思うよ。裏表なさそうだし」
田中
「あーあーあー、うん、ナイナイ。こいつに裏なんか無い」
雷太
「なんかおまえの言い方ひっかかるなぁ…」
田中、周りを気にするフリしながら小声で優に耳打ちする。
田中
「知ってる?こいつ…反戦デモとかしてんだぜ。びびらねえ?」
雷太
「おい、何の話してんだよ」
「へえ…」
田中
「おまえの初恋は隣の席の宮田さんだって話」
隣のテーブルの女子たちが振り向く。雷太、慌てる。
雷太
「ちげーよ!ぶぁか!」
雷太、慌てすぎてうどんをひっくり返す。
雷太
「うぁ!」
田中
「おぉ、何やってんだよ〜」
田中、雑巾を取りに走り去る。
優、隣のテーブルの女子からポケットティッシュを受け取って拭きはじめる。
「すげえな、雷太」
雷太
「…んあ?」
「反戦デモ」
雷太
「…ああ…。だってさ、どんな理由があろうとさ、戦争は駄目だよ」
「うん」
雷太
「俺、そーいうの許せねえんだ」
「うん、判る」
田中が戻ってくる。雷太、にこり笑って
雷太
「ちょっと嬉しぃ」
田中、2人を見て
田中
「なになに?なんだよ!俺仲間はずれー?いじめだー!」
笑う2人。

優のマンション・廊下

 
階段を上がり終える優。隣の家の桜井正志(33)の家のドアの前に人が群がっている。その中心で困った顔の正志。

優の家・玄関

 
優が帰ってくる。
美恵子
「おかえりー?優?」
美恵子が出迎える。
「隣、どしたの?」
美恵子
「あれよ、あれ。原発が緊急停止したんだって」
「…それって、正志さんの所為なんだ?」
美恵子
「あんたってほんと馬鹿ねえ。普段動いてるものを突然止めるってどういうことか判らないの?テストちゃんと出来たの?」
優、気になって外へ出る。
美恵子
「優っ!」

マンション・廊下

 
青ざめた表情のおばさん達に向かって、正志は冷静に答える。
正志
「計器がおかしくなったのは、一瞬なんです。全て点検しましたから、大丈夫です」

おばさん1「そんな、そんな数時間で全部点検なんて出来るはずないじゃない!私たちがなんにも知らないと思って、いい加減なこと言わないでよ!」

正志
「原因は、判ってますから」

おばさん2「なんなのよぉっ!言ってみなさいよ!」

正志
「僕が今言う訳にはいかないんですよ…今日のニュースでやりますから」

おばさん3「また動かすの?事故がおきたらどうするの?!」

正志
「大丈夫です。僕はもう戻らないといけませんから…すみません、もう行きます」
おばさん達を掻き分けて正志は廊下を行く。優に気づいて笑いかける。
正志
「優君、悪い!約束ちょっと延期にして」
「……」
正志、階段を足早に下りていく。
おばさん達が優に寄ってくる。

おばさん2「優君、桜井さんと仲良いの?」

おばさん1「なんなの、約束って」

「別に、ゲーム一緒にしようって言ってただけです。えっと…原発、また動くんですか?」

おばさん2「そぉうなのよ。もうこのままずっと止めといてくれたら良いのに」

おばさん3「明日も来ます?」

おばさん2「そうねえ。そうしましょうか」

「正志に言えば止まるもんなんですか?」

おばさん2「だって、管理職なんでしょぉ?なんとかならない筈無いわよ」

 
おばさん1、手に持っていたチラシを優に差し出す。

おばさん1「優ちゃんにもこれあげておこうねえ。良く読んでみなさいね」

 
ぞろぞろと連れ立って去っていくおばさん達。
優、チラシに目をやる。チラシには、『原発事故の被害』と大きく書かれている。
優も階段を下りて行く。

田園

 
駆けてくる優。
「正志!」
正志、立ち止まって振り向く。
優、追いつく。
「なぁ。なんで、危ないもの動かすんだ?」
正志、笑って
正志
「仕事だからね」
「じゃあ、仕事じゃなかったら動かすのは反対なんだ?」
正志、ちょっと考えて
正志
「そうだね。この国のさ、電気供給とか、そういうの知らなかったらね。俺もおばさん達の中に混じってたかもね」
「……」
正志
「だからさ、原発が無いと、日本中停電する…って言えばわかるか?」
「他にも発電所あるじゃん。なんでわざわざ危険なのつくるのかって訊いてんだよ」
正志
「そうだね、ごめん。でも、少なくとも東京一帯は一日のうち数時間電力供給をストップさせるくらいしなきゃいけなくなるよ」
「……」
正志
「他に発電所つくれば良いって思うかもしれないけどさ、そうもいかないんだよ」
「……なんで?」
正志
「金とか、土地とか、かな」
「それってなんかおかしくねぇ?」
正志、困惑した表情。
正志
「ごめん!俺仕事戻るから。…今日は帰れそうにない」
苦笑いして、走っていく正志。
不満そうな優。
優の背後から、桃子(14)が近づいてくる。
桃子
「おかえり」
振り向く優。
桃子
「なあに、それ」
優の手のチラシを手に取り眺める桃子。
すぐに興味無さそうに返す。
桃子
「今、暇?あたし暇なんだけど。来ない?」

同じマンション・桃子の部屋

 
私服に着替えた優、仰向けに寝転がってチラシを眺めている。
桃子
「ねえ見て見て。これ可愛くない?」
広げた雑誌を優に向ける桃子。優、チラシから目を離さない。
「危険なのに、何で使うのかな…」
桃子
「さあ、知らない。ねえ、見てよこれ」
優ようやく体を起こし、雑誌を見る。
「こっちのが可愛い」
桃子
「えーウソー」
桃子、雑誌を取って目を凝らす。
桃子
「そーかなー」
「なぁ、水力発電とか、色々あるのになんで原発なんだろな?」
桃子
「わかんないよぅ、そんなの」
桃子、ちょっと考える。
桃子
「いっぱい発電できるからじゃないの?」
「量が?」
桃子
「うん」
「危険なのに?」
桃子
「よくわかんないってば」
桃子、雑誌に視線を戻す。
「俺達死ぬかもしれないんだぜ?」
桃子
「えーなんでそうなるの?」
「書いてあるじゃん」
桃子
「事故ればの話でしょ?大丈夫だよ」
「言い切れるのかよ」
桃子、顔をあげる。
桃子
「だからぁ、わかんないってば」
優の不満そうな顔。
桃子、優の顔を覗き込む。
桃子
「優くんは、おばさん達の仲間に入りたいんだ?」
「…うーん…」
優、寝転がる。
「『俺、そーいうの許せねえんだ』」
桃子
「ふーん…。んじゃ、あたしも」
桃子、優の隣に寝転がる。
桃子
「あたしも許せないことにするー」
にこっと笑う桃子。優、少し笑う。
桃子
「じゃあさ、停電の心の準備しなきゃね?やっぱロウソクかなー。あ、夜になったら寝れば良いのか」
桃子、優をみつめる。
桃子
「夜が長かったら、タイクツだね。知ってるー?すっごい停電した年って、子供いっぱい生まれンだって」
優、思わず目線を逸らして起き上がる。

田園

 
学校の帰り道を行く優。

優の家・玄関

 
ドアを開けると、暗い。
「ただいまー…」
靴を脱ぎ、家にあがる。
「母さん、いないのー?」

優の家・夜

 
暗い居間、テレビだけ明るい。ソファに座っている優。
玄関で音がする。優、我に返り、振り向く。
美恵子
「帰ってるの?優」
美恵子来て、電気をつける。テーブルの上に買ってきた弁当を並べる。
美恵子
「お母さん、明日からしばらく家にいないから。鍵持ってくのよ」
「なんで?」
美恵子、大きく溜息をついて
美恵子
「お父さん、入院したから」
優、驚いて立ち上がり
「え?なに、怪我?病気?」
美恵子
「…怪我」
美恵子、ベランダへ出る。優もベランダに顔だけ出す。美恵子、洗濯物を抱えて戻ってくる。
美恵子
「ちゃんと話すから、座ってなさい」
   × × ×
テーブルの上の弁当をじっと見る優。
美恵子、お茶を淹れて、自分も座る。
美恵子
「あんた、覚えてる?昔、工場に警察がいっぱい来た時のこと」
沈黙。たっぷり黙ってから、
「父さんが、ひと殺した」
美恵子、反射的に手をあげる。頬をはたかれる優。
美恵子
「違う!あれは事故、事故だったの!」
涙目の美恵子、右手を押さえる。
美恵子
「ご、ごめんね」
また沈黙。美恵子のすすり泣きだけが響く。
美恵子
「…西条さんのね、友達だったって人たちが来たの。それで、それで」
「…リンチ?」
美恵子
「(激高して)なんで今更なの?もうずっと昔に終わったことじゃないのよぉ〜…」
声をあげて泣く美恵子。
優は沈黙する。

喫茶店

 
制服の優の目の前に、派手な格好をした西条洋子(35)が座っている。
洋子
「あたしはね、あんたを見込んでこうやって話すのよ。そこンとこ判って欲しいのよ」
煙草に火をつける洋子。
洋子
「あたしだってね、暴力はキライよ。でもね、子供はまだあと十年も学校行かさなきゃいけないの。あれっぽっちの慰謝料で生活しろって方が間違ってンのよ」
「お…僕もリンチですか」
洋子
「さあねー」
洋子、ふぅ、と煙を吐き出す。
洋子
「あんたの父親はヒトゴロシよ。子供の父親殺したのよ。おとーさんに言いな、金出せって」
   × × ×
洋子のセリフで思い出すように、シーン1の光景が優の脳裏を過ぎる。木々の中、光るナイフ。
   × × ×
洋子を無表情で見つめる優。
洋子
「まさか、事故で済ます気じゃないでしょうね。あんな裁判で決着つけようだなんて、なめんじゃないよ。あたしは取るからね、金を」
「……」
洋子
「あんたの親父のミスなの!それを、旦那の所為にされたのよ!会社が汚い手使ったのも知らないの?」
洋子、苛々して煙草を揉み消す。
洋子
「なんで犯罪者の息子がこんな幸せそうで、被害者の息子が辛い人生やんなきゃいけないのよ!冗談じゃ無いわ!」
優、ぎゅっと手にチカラを込める。
洋子
「どんな手だって使うわ。あたしと子供の将来掛かってンだからね」
洋子、勢いよく立ち上がり、店を出て行く。

マンションの廊下

 
廊下にたたずむ桃子が見える。
優を見ると嬉しそうに笑う。
同じマンションの、桃子の家へ、2人で向かう。

桃子の家・リビング(夕方)

 
夕方の赤いひかりが部屋中を照らす。薄暗い。
「みんなが言うには、事故だって。でもさぁ、確かに父さんの所為であのひとは不幸になってて…」
桃子、椅子の背もたれに肘をついて聞いている。
桃子
「だって、事故なんでしょ?仕方ないじゃない」
「事故だろーが何だろーが、殺したんだよ、父さんは」
桃子、不可解だと云わんばかりの表情。
優、少し興奮した様子で、立ち上がる。
「どんな理由があったって、死んでんだぜ。…おまえ、死んだヤツ見たことあるか?」
首を振る桃子。
「……」
優、言葉が出てこない。
桃子
「……だいじょぶ?」
「……ぅん……」
桃子
「見たことあるの?」
俯く優。少し、じっとしている。
   × × ×
優が落ち着いた頃、桃子が真っ暗だった部屋の明かりをつける。
コーヒーを手に、ソファの優の隣に腰掛け、優に手渡す。
湯気がゆっくりと立ちのぼっていく。
桃子
「今日も、この家には誰も帰らないの」
遠くをみつめるような瞳。
桃子
「ウチはよくある不幸な家庭なの。父親は滅多に帰らないし。母親はそれをイイコトに浮気してるし」
優、ゆっくりと桃子の顔を見る。
桃子
「幸せな家族つくって、仲良く暮らすのが、あたしの夢なの」
本当に夢でも見ているかのような、うっとりとした桃子の表情。
優、うつむいて、小さく。
「うん」

病院・個室(夜)

 
包帯だらけの源三がベッドに寝ている。
音も無く入ってくる優。
源三、気づいて振り向く。
源三
「面会時間はすぎてるだろう…?どうした?」
「母さんが居ないところで話したかった」
優、ベッドの脇に立つ。
「あの男、どうなったのか、聞きたくて」
源三、意味が判らない。
「俺、小さかったから憶えてないんだ」
源三、ハッとする。
「何であの女の子は殺されなくちゃならなかったのか、何であの男は殺したのか。その後あの男はどうしたのか、俺、知りたいんだ」
源三
「お前…覚えていたのか」
優の真剣な表情。
源三
「忘れてると思ってたよ。…そうだよな、あんな記憶、忘れられないよな、普通」
「…夢に見るよ」
源三
「そうか…悪かった」
源三、起き上がろうと力を入れるが、痛みのため小さなうめき声をあげ、そのままベッドの中に沈む。
源三
「父さんもなぁ、理由は知らないんだ。犯人は刑務所に入って、その後病院に入って…そこからは知らないんだ…」
優、もの言いたげな顔、そして俯く。
「…父さんは、刑務所に入らないの?」
源三
「…そうだな…」
源三、目を閉じる。
源三
「入った方が良かったのかも知れないなぁ…」
はじかれたように顔をあげる優。
「父さんは自分が悪かったと思ってるの?死んだヤツの女に金払うの?」
源三
「…判らない。ただ、償うべきだと思ってる。だけどな、優」
優の顔を見る源三。
源三
「父さんはお前を不幸な子供にしたくなかったんだ」
優、源三の顔を見ないまま、病室を出て行く。

大学病院・研究室(朝)

 
騒然とした雰囲気。テレビから、朝のニュースが流れる。

アナウンサーの声「原発は明日の午後1時から再稼動の予定です。…しかし、地域住民からの不安の声は途絶えることがありません。村山さん、果たしてこの状況はどうなんでしょうかねえ」

村山の声
「そうですねえ。今回の一時停止は、計器の異常が理由とのことですが…」
開かれたドアの向こう、バタバタと走り回る研究員、吉村(28)の足が見える。
吉村
「中須さーーーん!来ましたよ、中須さーーーーん!!」

大学病院・レベル7研究室

 
研究医、中須(37)が防護服を纏い、扉のセキュリティを解除する。
その後に、布を掛けられたワゴンを引いた、同じ防護服の数人。
台の上にワゴンの上の箱を布ごと置く。
布を取ると、一匹の小さなサルが檻の中に入っている。
中須
「こいつかぁ〜」
不適な笑みを浮かべる中須。
その場の全員がバタバタと準備をはじめる。
薬品の箱を手に、吉村が中須の後をついてまわる。
吉村
「中須さぁん、なんでこんなのがウチみたいな田舎に来るんですかぁ?」
中須
「ん?そりゃおめぇ。オレが取り寄せたんだ」
吉村
「げえぇ!マジですかぁ?正気ですかぁ?要りませんよこんなの〜」
中須
「この研究が成功してみろ、報奨金がガッポリだぞ。貧乏病院とはオサラバだ」
吉村、ワゴンの上に薬品箱を置く。
吉村
「だって、最高レベルの危険ウイルスなんでしょ?中須さんは命が惜しくないんですかぁああぁぁ(中須の腕を揺さぶる)」
中須、バランスを崩して持っていた箱を落とす。
中須
「お前なぁ。仮にも医者だろ?もうちょっと度胸あってもオレは良いと思うぞ」
吉村
「だぁってぇ…」
中須、溜息。
中須
「嘘だよ、嘘」
吉村
「へ?」
中須
「厄介払いだよ。ここは田舎だからな。万が一の場合でも対処できると思われてんだよ。政府ってヤツぁ、アメリカにゃ弱いからなァ」
吉村
「万が一…」
中須
「万にひとつもねえからよ。そうビビるな」
吉村、サルを見る。牙を剥き出すサルにビビる。

優のマンション・廊下(朝)

 
群がるおばさん達を掻き分けて、正志が階段を降りていく。

おばさん2「桜井さぁん!話を聞きなさいよぉ!」

田園・通学路

 
優、なんとなく振り向く。
通り過ぎていく学生たち。
優も歩き始める。

大学病院・レベル7研究室

 
カシャーン…
床に落ちて割れる注射器。研究員、日高(28)が冷めた目で吉村を振り返る。
日高
「吉村さん…?どうしたんですか?凄い汗ですよ」
吉村、汗でずれた眼鏡を直す。
吉村
「あいや、すまなんだです」
中須
「あ?チョーシ悪いんか」
吉村
「全然そんなことないです。ただ、ちょっとき・あ、いや、暑いでしょ?最近」
中須
「そうか?今年は随分涼しいけどなぁ」
新しい注射器を手に取るも、手が震える吉村。
檻の中のサルが牙を剥き出している。
中須、データの統計書類を睨んでいる。
中須
「う〜ん。難しいなぁ。すすまねえなあ」
日高
「中須さん、耳タコです」
中須
「あーもう糞ッ!なんだってこんなモン創りやがったんだ」
日高
「これか偶然の産物だってんだから、神様は恐ろしいものをおつくりになりますよね」
中須
「わからねえぞ。もともとは癌の特効薬のつもりで作ってあんだ。成功すりゃあ…」
日高
「本末転倒だと思いますけどねえ…人間死ぬときゃ死ぬんですよ」
中須
「日高ちゃん結構シビアだねえ…」
バンッ
扉が閉じられる音。見回すと、吉村がいなくなっている。
中須
「大丈夫かねえ、あいつ…」

大学病院・廊下

 
ベンチに座る吉村。防護服は脱いでいる。
汗びっしょりの額に手をあて、溜息をつく。
目の前を警備員が足早に過ぎ去っていく。
ハッと顔をあげる吉村。
吉村
「な、なんかあったんですか」
警備員、振り向き、立ち止まる。
警備員
「あっ。申し訳ないです。いや〜自分に息子が生まれたんですが、今日も夜勤で…落ち着かなくて」
吉村、ぼうっとしている。
警備員
「……?」
吉村、いきなり立ちあがる。
吉村
「今日はぼくが泊り込みをしてます。ずっと居るつもりなんで、少しくらい外しても構いませんよ」
警備員
「え…?いや、流石にそれは、まずいッスよ」
吉村
「まぁ何にせよね、レベル7にずっと居ますから。届出は今から出してきます、ハイ」
スタスタと歩き去っていく吉村。
警備員、首を傾げる。

大学病院・廊下(夜)

 
警備員、見回りをしている。
セキュリティ扉を入っていく人影。
警備員
「あ、吉村さーん。お疲れ様です〜」
警備員、扉の前に来る。セキュリティを解除し、『更衣室』と書かれた扉を開ける。
警備員
「息子も嫁も何も心配いらないようで…吉村さん?」
そこには誰もいない。
警備員
「あれ〜?」
警備員2が背後から声をかける。
警備員2
「どうした?」
警備員
「さっき吉村さんが居たんだけど…防護服も着ないでどこ行ったんだか?」
警備員2、手元の書類をぺらぺらとめくる。
警備員2
「届出、出てないぞ。その前に、こっから先は単独入室禁止の筈だ」
警備員
「…あれ…?」
警備員2、走って扉を出て行く。
警備員2
「何してる、緊急連絡だ!」
警備員
「う、は、はい!」
駆け出す警備員。
   × × ×
吉村、防護服も着ずに、注射器を手に檻に近づいていく。
サルが牙を剥き出しにする。
ごくりと唾を飲み込み、注射器をテーブルの上に置く。
急いで手袋を嵌め、注射器を持ち直す。
吉村
「はぁ…はぁ…」
サルの背に注射針を刺す。
ギャーッ。サルがわめく。
注射器の中の薬品が徐々に注入されていく。
段々弱っていくサル。
突然、身を翻して吉村の手に噛み付く。
吉村
「ああぁあ!」
血のにじむ手袋。ぽたりと出血し、白衣が血に汚れる。
吉村
「あ…あああぁ…」
そのまま、走り出す。
セキュリティ扉を抜け、廊下を走る。
吉村が見えなくなったとき、警備員と研究員数名が戻ってくる。
警備員2
「誰か、誰か居ますか…!」
研究員がセキュリティを解除していく。
レベル7に到達したとき、サルは注射針を刺されたまま絶命している。
床にこぼれている血。

映画館の入り口

 
たくさんの人がどっと出てくる。
その中に優の姿。
優、あたりを見回す。人波に押される。
見つけた、という顔。
桃子が人ごみを掻き分けて優の傍へ来る。
桃子
「びっくりした。はぐれちゃうかと思った」
「携帯あるじゃん」
桃子
「そだけどさ」
桃子、優の手を取り、絡める。笑顔。

繁華街

 
手を繋いで歩く2人。
桃子
「おとーさん退院なんでしょ?良いの、行かなくて」
「いいよ、別に」
桃子
「ふ〜ん…」
桃子、手を解いて走り出す。
洋服屋の前、ワンピースを手に取って見る。
優、おいついて覗き込む。
「…ねだるなよ、買えないから」
桃子
「やだぁ。そんなつもり無いよぉ」
桃子、ワンピースを見ながら
桃子
「優くんの家って憧れだったんだー」
ワンピースを戻す。
桃子
「仲良さそうだったじゃん。しあわせーってカンジ?」
「そうなのかなぁ」
桃子、さっさと歩き始める。
桃子
「あたし買い物したいから行くね。帰りなよ、おうち」
「え?おい…」
既に遠く離れてる桃子。
桃子
「連れまわされたくないでしょー!」
人に紛れて見えなくなっていく。
取り残されて溜息をつく優。
ふと、人ごみの中に雷太が目に入る。
「雷太ー!」
気づいた雷太、振り向く。額に『戦争反対』のハチマキ。
雷太
「おおう!」
駆け寄って来る雷太。
雷太
「何だよ、買い物?」
「ん、そんなとこ」
雷太、優の視線に気づき
雷太
「すげえだろ。反戦デモだぜ」
「うん、すげえ」
雷太
「時間あるんだったら見ていかねえ?ギャラリーでも何でも居た方が嬉しんだよ」
優、なんとなく頷く。
雷太
「あー、無理しなくて良いんだぜ」
「マジ暇だから行くよ」
雷太
「そか」
連れだって歩いていく2人。
   × × ×
反戦デモの様子を座り込んで見てる優。
雷太は一生懸命だ。
団体の皆も、それぞれに必死になって訴えている。
   × × ×
優の隣でペットボトルのスポーツ飲料を飲む雷太。
雷太
「戦争なんて、しなけりゃしないで終わるのに。何でわざわざ殺し合いするんだろうな」
「難しいことわかんねー」
頭を抱え込む優を見て、驚く雷太。
雷太
「難しく考えること無いぜ?」
「うん…」
立ち上がる雷太。
雷太
「悪いな、つき合わせて。そろそろ帰ろーぜ」
「おー」
優も立ち上がり、連れ立って歩き始める。

 
切符売り場で切符を買う優。
定期券を手で弄びながら優を待っている雷太。
駅の前のロータリーに、パトカーが止まる。
雷太、何気にロータリーに目を向ける。
何台も、次々と停車するパトカー。
優も、パトカーが目に入る。
駅員と警察官が何やら話している。
優、切符を手に雷太の元へ。
「なんだろな」
警官が拡声器を手に叫ぶ。
警官
「立ち止まらないで、何でもありませんー!電車は動いています!」
雷太
「(ぼそっと)なんでもなくてこれは無いよな」
優、はっとして、携帯電話をポケットから取り出す。
「……通じない……」
雷太
「地下じゃねえ?」
「知り合いがこの辺に居る筈なんだけど…なんか心配なってきた」
雷太
「俺も行こうか?」
「いや…良いよ」
優、走り出す。警官がそれを止める。
警官
「どちらへ?」
「え…………あ、家に帰ります」
警官
「そう。おうち、どっち?」
「あっ…と、あっちです」
繁華街と反対方向を指さす。警官が頷く。
警官
「今晩は戒厳令が出る。家から出ないように、家族の人に言っておいてね」
無意識に何度も頷き、駆け出す。
雷太、見送っていたが、やがてそっと追いかける。

大学病院・廊下

 
ドタバタとあわただしい廊下。中須は白衣を引っ掛け、大荷物を持って走っている。
駐車場に差し掛かる裏口に立っている日高。
日高
「中須さん」
中須の荷物を受け取りながら一緒に歩きだす。
中須
「状況は」
日高
「まだ見つかってません」
中須
「……ったく、吉村のヤロー、なんだってんだ!」
日高
「……感染していると?」
中須
「確定してる。サルの歯から吉村の血液を検出した。接触、空気の2次感染の恐れがある」
日高
「念のために聞きます…あと何時間ですか」
中須
「感染後12時間だ。持って、16時間。そろそろ12時間だな…クソ、手間取った!」
日高
「やっかいですね…」
中須
「やっかいどこじゃねえよ、ったく!」
バンに乗り込む2人。
何台もの車が発車していく。

地下街

 
買い物袋を提げた桃子が歩いている。すぐ横のジュエリーショップに目移りし、ショーウィンドウを覗き込む。
「なんなのよっ!」
突然の悲鳴。あたりはしんと静まり返り、皆声の方に注目する。桃子の位置からは地上に出る階段の上の方まで見える。
防護服に身を包んだ警官2が、女性の体を押さえている。
警官2
「出ないでください!地上でガス漏れが起こっています!」
騒然となる地下街。
警官2
「ここを封鎖します!皆さん、北出口へ向かってください!」
それぞれ喋りだす人々。
女性1
「ヤダ、ガス漏れ…?それって地下に居る方が危険なんじゃないの?」
女性2
「あたし約束あるのに…行きましょ、北出口、あっちよね」
シャッターが閉められる。人々は北出口に向かい始める。桃子も流されるように歩き出す。
   × × ×
北出口。シャッターが閉まっている。
男性1
「あれ…?」
男性1、シャッターに駆け寄り、どんどんと叩く。
男性1
「おーい、なんなんだよ、開けてくれよーー!」
応答は無い。
ざわめく人々。
女性3
「ちょっと…何よ、なんなの?!」
数人がシャッターを叩く。応答は無い。
女性4
「非常階段も閉まってるわ…」
男性2
「おい…待てよ。閉じ込めかよ…?」
子供が不安そうな目で母親を見上げる。
子供
「おなかすいた」
母親
「ああ、ごめんね。早く帰ろうね…」
騒ぎを聞きつけた、周りの店の店員が出てくる。

オムライス屋「なんかあったんですか」

男性3
「それが…」
ざわざわと、収拾がつかない程の話し声。
桃子、携帯を取り出す。電波は無い。不安そうにあたりを見回す。
どんっ
肩にぶつかってきた男、吉村が、そのまま地面に倒れこむ。
桃子
「え…?大丈夫ですか?」
揺り起こそうとすると、白衣についた血が目に入る。吉村の血の気の無い顔。
桃子
「あ、あの、誰か…」
周囲に助けを求めるが、皆近寄ってこない。
やっと、人ごみをかきわけ、雷太がやってくる。
雷太
「大丈夫ですか?聞こえますか?」
雷太、吉村の頬を叩く。うっすらと目をあける吉村。
吉村
「(消え入りそうな声で)許してくれ…ぼくは怖かったんだ…」
雷太
「喋らない方が良いです」
吉村
「殺してしまおうと思ったんだ…許してくれ…」
白い液体を吐いて、吉村は絶命する。恐ろしい死に顔。
雷太、腕についた白い液体を服で拭う。
雷太
「病院に…いや、警察に連絡してください!」
しぃんと静まり返る地下街。
男性4
「無理だよ…」
男性が、公衆電話の受話器を手に、放心している。
男性4
「電話線が、切られてる」
競馬新聞を手に持った、異様に真っ青になった男性5が、雷太から後ずさりするように遠ざかっていく。震える手でイヤホンを外し、その途端転ぶ。イヤホンの外れたスピーカーからはザーザー音。
男性5
「ラジオが…」
急いで立ち上がり、雷太の方を見て、更に遠ざかろうとするが、また転ぶ。
男性5
「本当だ、嘘じゃねえ!さっきまでラジオが通じてたんだ!そいつ…その白衣の男、ひでぇ病気に掛かるウイルス持ったまま病院から抜け出したって!感染後12時間で死ぬって!近寄ったら俺らにも感染するって!」
雷太の周りから、一斉に人が引いていく。
桃子はただ呆然と立ち尽くす。
男性5
「男は地下街に逃げ込み…地下街は封鎖したって!警官も、自衛隊も出動して、俺らを助けに来るって!」
悲鳴があがる。
混乱した人々は一斉に走り出し、出口へ殺到する。
動かないのは桃子と、人ごみに紛れていた優。
雷太
「優…!」
優、駆け寄ろうとするが、
雷太
「だめだ、来るな!」
桃子を振り返り
雷太
「君も離れて!」
桃子、雷太を中心に優と対角線上に遠ざかる。
桃子
「あたし、あたしもこのひとの近くに居たの。感染してるかも…」
震えて、涙をこぼす桃子。
男性6
「おれ、おれもこいつとぶつかった覚えある。白衣だったから、珍しいなーとおもっ…」
男性6、恐怖のあまりへたへたと座り込む。
雷太
「落ち着いてください、救助隊が来れば感染したとしても治るんだから…!」
シャッターを叩く音と、助けを呼ぶ声が響く。

地下街の上(繁華街)

 
防護服に身を包んだ警官や、自衛隊員が物々しい。
パトカー、バンなどがやってくる。
バンから降りるのは中須、日高。
煙草を揉み消して立ち上がる陸上自衛隊一尉、小林(44)。
小林
「来たか」
中須
「病院の中須です。遅くなりました」
小林
「小林です。抗体はどうなりましたか」
中須
「最新版を、アメリカから運ばせましたが…」
ファイルを取り出す中須。
小林
「数値と専門用語なんぞはいい。簡単に説明していただけませんか。上からの命令はもう出てます」
中須
「…………効果は薄いです」
小林
「わかりました」
指示を待っている部下たちの元へ歩き出そうとする小林。
中須
「待ってください。どうするおつもりですか」
小林
「暴動が起きる前に一掃します」
中須
「助かる可能性はあんだ!」
小林
「全員?物理的に不可能だ。ひとりでも逃してみろ、パニックに陥るぞ」
小林、部下達に向けて
小林
「A作戦で行く。全員配置につき、指示を待て!」
中須
「てめえ、命令ならなんでもやるのか!」
小林
「まさか。私の判断だ」
ばらばらと散っていく自衛隊員たち。
中須
「…ちくしょーーー!」
鞄を、日高に押し付け、中須は車の方へ。
日高
「中須さん…!」
中須
「戻る。効果バッチシなの持ってこりゃいいんだろ?判ったよ!」
パトカーに乗り込み、遠ざかっていく。
小林、無線機のマイクを口にあて、
小林
「決行だ」

地下街

 
地上と地下街を繋ぐ排気管の柵を壊し、自衛隊員が降りてくる。
女性5
「あ…救助がき」
女性5、嬉しそうな笑顔を浮かべるが、瞬間に凍りつく。音も無く倒れこむ女性5。
隣にいた男性6、立ち尽くすしかできない。
男性6
「……撃ちやがった…」
そのまま男性6もドサリ倒れる。
次々に降りてくる自衛隊員。
   × × ×
壁にもたれ座り込む雷太。桃子も力なく座り込む。
桃子
「帰れって言ったのに。バカなんだからぁ」
優、その言葉に笑みを漏らす。
「父さんに怒られるかもな…」
途端、パニックの波が押し寄せてくる。
男性7
「逃げろ…!やられるぞー!」
逃げてくる人々、テレビの中とは違う銃声。
数人がぱたりと倒れ、その後ろから防護服が複数やってくる。

自衛隊員1「抵抗するな!」

3人、混乱し逃げ惑う人々に巻き込まれそうになる。
優、咄嗟に桃子の手を取る。
桃子
「あっ…!」
「雷太、来い!」
優、桃子の手を引いて商店に逃げ込む。
雷太も立ち上がり、隣の飲食店の扉の中へ消えていく。
優と桃子、商店の店員控え室まで行き、机の横に座り込む。
   × × ×
逃げる人々、それを追う自衛隊員。
転んで踏みつけにされる子供。
倒れた人から流れる血が広がっていく。
   × × ×
脅えた目つきの桃子。
桃子
「感染…しちゃったかもしれないよ…」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
桃子の目から涙が零れ落ちる。
桃子
「怖いー」
「大丈夫だって!ほら、俺すげー元気だぜ」
桃子、優の胸に飛び込む。
優、背中を撫でてやる。
   × × ×
静まり返った地下街。
死体が無数に転がっている。
自衛隊員たちは見えなくなっている。
   × × ×
優、商店の扉から、そっと外の様子を窺う。
雷太が居るのが見える。優も外に出る。
「雷太」
雷太
「……」
「向こう行ったみたいだな…」
雷太、呆然と、周囲を見ている。
死体の山。
雷太
「……」
「……」
雷太の肩がぶるぶると震える。
雷太
「…冗談じゃ、ねえよ!なんだよこれ!」
商店の扉から外を窺っていた桃子が、びくっと震える。
雷太
「ウイルスの所為か、そうなのか?助けるどころか、皆殺しかよ!」
はぁっと大きく息をついて、雷太は頭を振る。
雷太
「悪い。今、俺普通じゃない。って当たり前だよな…?俺、ちょっと頭冷やす」
自衛隊員が向かった方向とは別の方向に歩き出す。
「えっ…雷太?何処行くんだよ」
雷太
「もう逢えないかもな…はは…ははははっ」
雷太の目、焦点があっていない。死体につまづきながら遠ざかっていく。
桃子
「優くん…これからどうしよう」
「……」
桃子
「殺されるのかな…その前に、病気で死ぬのかな…」
「……」
突然、死体の中から、むくりとOL、かすみ(27)が起き上がる。
優、驚きつつも駆け寄るが、触れるのを躊躇う。
かすみ
「…痛い…足やられた…起こして」
「俺たち感染してるかもしれないんだ」
かすみ
「この状況見えないの?皆感染してるよ。起こして」
優、差し出された手を掴み、肩で支える。
かすみ
「なんだってのよねー。世界一平和な国ニッポンで銃乱射…った」
商店に潜りこんでいく3人。
   × × ×
かすみ傷の手当てを終え、商店にあったお茶を飲む。
かすみ
「よーするに、酷いウイルスを平和な街まで蔓延させないように、ココの犠牲だけで済ませようってコトなんだよね」
「うん。そうだと思う」
桃子
「ラジオでは救出するって言ってたみたいだから…本当の事を知ってる私たちは絶対殺されなきゃいけないの」
かすみ
「救出する間も無く全員オダブツでした、そして証拠隠滅、以上」
かすみ、突然、笑い出す。
かすみ
「すごいハッピーじゃない?ウンザリする世の中から逃れられるのよ、私達。制限時間もちゃんとついてるんだよ」
「死んじゃうんだよ…?」
かすみ
「死ぬって判ってるって、凄い解放された気分な訳よ。あぁ、あんた達は若いから、ワカンナイかな」
桃子
「死ぬの、怖い」
かすみ
「私だって怖いよ。でもね、現実の方がもっと怖かったの。ずっと続く地獄みたいな毎日だったの。逃げたかったけど、色んなしがらみがあってね、逃げられないものなのよ。大人はね。だからって克服もできないの。弱い人間だから、私」
熱のため頬が紅潮するかすみは、痛みを堪えて起き上がる。
かすみ
「私、ここを抜け出すわ。そんで、私を地獄に落としたヤツラに復讐しに行くの」
桃子
「閉鎖されてるんだよ、出来ないよ。外に出たって囲まれてるよ」
かすみ
「下水道伝ってでも行くよ」
「復讐って、何するの」
かすみ
「トーゼン、殺す。てか、ウイルス撒き散らしてやる」
優、ぐいとかすみの腕を引っ張る。倒れこむかすみ。
「やめろよ!殺すなんて、やめろよ!」
かすみ
「なんなのよっどうでも良いでしょ?あんただって死ぬんだよ?」
「そうだけど…そうだけど…」
かすみ、ニヤリと笑う。
かすみ
「判った。あんた、実感が無いんでしょ。今まで、ほわほわ〜って生きてきたんでしょ。現実見ないでさ」
優、呆然とする。
かすみ
「奇麗事ばっか言ってんでしょ。でもね、私は『仕方ない』なんて言わないんだから。私らはそのまんま病原菌なんだよ。要らないものなの。悪者なの。ただ其処に居るだけでヒトゴロシなのよ。そういう風になっちゃったんだよ。もう悪者なんだから、これ以上悪いことしたって変わらないわ」
かすみ、再び起き上がる。
かすみ
「じゃあね。包帯アリガト」
足を引き摺りながらも行ってしまうかすみ。
桃子、泣いている。
「…俺たち、悪者なのかー…」
チカラなく座り込む優。

地上・繁華街

 
小林の足元に煙草の吸殻の山。
横に居る日高が目を伏せる。
日高
「…酷く気分が悪いです」
小林
「私だってそうだよ」
日高、苦笑して
日高
「ほんとですか?僕には鬼のように見えますよ」
小林
「フン。君、ロクな医者になれないだろうな」
日高
「ロクな医者になんかなりたくないですから」
小林、苦笑する。
小林
「違いない。中須ってヤツもそうだな」
日高
「否定しません」
日高、中須の到着を待っているかのように、周りを見回す。

地下街

 
足音が迫ってくる。
桃子
「来た…!」
商店の奥、身を潜める2人。

自衛隊員1の声「まだ残ってるのか?」

自衛隊員2の声「判らないです。しらみつぶししか無いですね…」

自衛隊員3の声「なんだか恐ろしいよ、俺」

自衛隊員1の声「…仕方ないだろう…あいつらが地上に出てきたら、俺たちの家族が危ないんだ…」

 
足音が近くなってくる。

自衛隊員2の声「ひとつひとつ回りましょう。やるしかないんだ…あぅ!」

「……!」「ぎゃあっ!」
優と桃子、顔を見合わせる。
再び静まり返る。
「…出てみようか」
桃子
「大丈夫かな…」
「行こう」
そっと扉の向こうを窺うと、防護服が3つ、転がっている。
立っているのは雷太と、たくさんの暴動メンバー。
皆、手に包丁を持っている。
「……!雷太…!」
雷太
「優…」
防護服はうめき声をあげているのと、ピクりとも動かないのと。
「お前達が…?」
雷太はこの数時間でげっそりとやつれている。
雷太
「俺は自分の身を守る。薬を出すまで抵抗する!」
男性8
「そうだ!こんな理不尽な事があってたまるか!」
うおー!と雄叫びをあげる一同。
雷太
「このまま死んで堪るかよっ!」
「雷太、おまえ、どうしたんだよ。さっきまで戦争反対だって言ってたじゃんか…」
雷太
「戦争?これが?違う。一方的な殺戮に反抗してるだけだ!」
男性9
「仕方ないじゃないか。やらなきゃ、やられるんだ」
「仕方ない…の、か」

自衛隊員4「動くな!」

 
咄嗟に振り返る一同。向こうの方で銃を構える自衛隊員が見える。
自衛隊員4、腰の無線機を口にあて、

自衛隊員4「第6区画です。いました」

 
雷太、身構える。

自衛隊員4「動くなーー!」

 
乱射される銃。
次々と倒れていく暴動メンバー。
雷太
「くそー!」
雷太、駆け出す。銃弾が地面に当たって乾いた音を立てる。その中を走る雷太。
背後から手が伸び、自衛隊員4の首が包丁で切られる。

自衛隊員4「ぁう…!」

 
雷太の振りかざした包丁は彼の胸にふかぶかと刺さる。
倒れる自衛隊員4。
雷太
「ちくしょー!ここに居たらだめだ、逃げるぞ!」
暴動メンバーは頷いて走り出す。それを見送る雷太。3人が残る。
「雷太ぁ…なんでだよ…」
雷太
「黙って殺されろって言うのかよ!」
「……」
見ていた桃子、ふらりと倒れる。
「桃子?!」
桃子
「何でもない。貧血…」
桃子、明らかにやつれている。
雷太
「その子がこのまま死んでも、おまえ、納得できるのかよ?運が悪かったで諦められるのかよ!」
「……」
優、どうすることもできずに立ち尽くす。
雷太
「良いよ。おまえに仲間に入れなんて言わない」
雷太、去っていく。
桃子が咳き込む。血の混ざった白い液体を吐く。
背中をさする優。
桃子
「あたし、やっぱり感染してたんだね」
「しんどい?」
桃子、更に咳き込む。
桃子
「優くん、行って良いよ。あたしもう立てない…」
「行けない…行きたくない」
優、桃子の体を支え、商店に戻っていく。

地上(夜中)

 
小林の足元、更に増える吸殻。

自衛隊員5「暴動が起きてます…数名やられました」

小林
「ちくしょう」
小林、煙草を揉み消して
小林
「ガスを使うか…」
日高
「ガス…」
小林
「こっちに犠牲が出た。やむを得ん」
中須
「待ってくれ!」
自衛隊員に行く手を阻まれながら、中須が鞄を抱えて走ってくる。
日高
「中須さん…!」
中須
「あんたんとこのトンチキに言って聞かせてくれ!なんで俺まで立ち入り禁止されなきゃならん!」
小林
「そんなこと言われてもねえ…で?」
中須
「できた。薬だ。打たせてくれ」
小林
「…許可できないですよ」
中須
「なんでだ!」
小林
「確信が無い」
中須
「そんなこと言ってる場合か?!」
小林
「もうはじまってるんです。作戦変更はあり得ません」
激昂する中須。
日高が落ち着いた声で言う。
日高
「じゃあ、もう僕ら用無しなんですね。連れて帰ります」
小林
「そうしてくれ」
日高、中須の腕を引く。
日高
「行きましょう」
中須
「日高ぁ!お前…!」
小林
「手伝おうか」
日高
「そうしてください」
小林の合図で、自衛隊員が中須の両腕を取り、車へ連行する。
運転席に座る日高。ドアを閉めた途端発車する。
中須
「おい、引き返せ!」
日高
「この先に地下街の配水路の出口のある川があります」
中須、キョトン。
日高
「時間が無いんですから…良いですか、僕は一緒には行きませんよ」
中須
「あ、ああ…」
日高
「ところで、薬、本当に出来たんですか?」
中須、首を振る。
日高、溜息。
日高
「賭けですね…」
中須
「なんとでも言え」
車が走っていく。

地下街

 
桃子の肩を抱き、膝を抱え眠る優。
物音で目が覚める。
匂いに顔をしかめる。
意識の無い桃子を背負う。桃子の腕は白く、だらりと垂れ下がる。
扉の前に行くと、倒れている男性9と目が合う。扉を開ける。
男性9、優に向かって手を伸ばす。
男性9
「毒ガスかもしれない…息が…くる、し」
気絶する男性9。
優、そのまま走り出す。
無我夢中で走る。
生きてる人間の気配が無い。死体ばかり。
足で蹴ってしまった死体が雷太のものであることにも気づかない。
走って、走って、走って。

田園

 
平和な通学路。変わらない風景。

高校・教室

 
雷太の机の上に置かれている花瓶。枯れきった花束を田中が掴んでゴミ箱に捨てる。
席につく田中、つまらなさそうな顔。
皆賑やかに談笑している。

優のマンション・廊下

 
廊下を歩く正志。振り返り、
正志
「そうですか…寂しくなります。優くんとは遊び友達だったんです」
軽く会釈する源三。
源三
「急でばたばたしましたけれど、私にも色々ありまして。もっと田舎で、第2の生スタートなんて気取ってみようかと思ってましてね」
廊下を、引越し屋がダンボールを抱えて通り過ぎていく。
廊下の手すりから田園を見渡す源三。
源三
「優にも、つらい思い出の土地になってしまった」
正志
「優くんに会っても良いですか?」
源三
「はい。もちろんです。車の中にいますんで」
ぺこりと頭を下げ、階段を降りていく正志。

走っている車の中

 
開いている窓から風が吹き込み、優の前髪をかきあげる。

(回想)マンションの前・車の中

 
正志が、窓越しに話しかけてくる。
正志
「俺はね、自分が正しいことしてるって思ってる。『善いこと』じゃなくても」

走っている車の中

 
運転席の源三、後部座席の優をミラー越しに見る。
源三
「正志さん、なんだって?」
「うん、別に。お決まりの挨拶」
助手席の美恵子はぐっすりと眠り込んでいる。
源三
「新しい家はな、山の中にあるんだぞ。川もあって、ちょっと行けば海もあって、空気もおいしいし。良い所だぞ」
「うん…」
源三
「学校までは遠いけどな。足腰が鍛えられる。父さんはそこの市役所で働くんだ。きっと、楽しいぞ」
「…うん…」
車は高速道路を走っていく。

大学病院・駐車場

 
私服の日高、スタスタと歩いて車に向かう。
玄関から中須が飛び出してくる。
中須
「日高ちゃん何も言わずにいくなんて酷いっ!」
追いついた中須、息を切らせている。
日高
「…なんか言った方が良かったですか?」
中須
「冷たいネェ…」
日高、息をつく。
日高
「意外ですね」
中須
「あ?なんだよ」
日高
「辞めるかと思ってました」
中須
「一緒にスンナ」
日高、目線を下げる。
日高
「流石に…こたえました」
中須
「ああ…」
日高の車にもたれかかる中須。
中須
「あの女の子は可哀相だったな」
日高
「男の子も可哀相でした。てゆうか、全員ですけど」
中須
「まぁな…」
日高、ムッとして、車から中須をひきはがす。よろめく中須。
中須
「最後なのに…ほんと冷たい」
日高
「そのうち会えますよ。嫌でも」
中須
「んあ?」
日高
「僕、自衛隊に引き抜かれましたから」
にこっ。日高は満面の笑みを浮かべ、
日高
「じゃ」
車に乗り込む。ドアが閉まると同時に発進する。
中須
「コバヤシのヤロー…」
がっくりと肩を落とす中須。
ふっと息をついて、軽く体操をしながら玄関へと戻っていく。

新しい家(朝)

 
ぐっすりと眠っている優。

-了-

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