『いいじゃないか』

小鳥遊 茜

登場人物

山田ヒロキチ(21)
主人公。女装趣味のある大学三年生。性格は温厚だが、ガンコでもある。女装趣味と家族の変態的な趣味も、友達や彼女にはひた隠しにしている。
野原ありさ(21)
ヒロキチの彼女。ヒロキチと同じ大学に通う大学3年生。性格は明るく、行動的。思った事をすぐ口に出してしまうタイプ。
山田タメキチ(48)
ヒロキチの父。メイクアップアーティストで化粧品マニア。口調がオカマっぽい。
山田洋子(46)
ヒロキチの母。元ストリッパー。現在は趣味でSMの女王様をやっている。美人。
山田姫子(22)
ヒロキチの姉。大学4年生。フリーター志望。ゴスロリ。
野原大造(53)
ありさの父。厳格を絵に描いたような人柄。マゾッ気がある。
野原サクラ(53)
ありさの母。常に和服で病弱そう(に見える)。
ヴィヴィアン(年齢不詳)
男。ドラァグクイーン。言うまでも無く派手。
ヨッシー(25)
売れっ子ナンバーワンホスト。

ありさの部屋

 
野原ありさ(21)の足音が聞こえる。
続いて、バタバタと走り回る黒いストッキングの足。
ピンクの水玉模様のクッションを膝に乗せあぐらをかいている山田ヒロキチ(21)。
鏡台の椅子に座るありさ。サッサッサっと手早く髪を梳かす。
ありさ
「ほんと、ごめんね〜?どーしても欲しくってさ」
ヒロキチ
「良いよ〜ヒマだし」
素早く化粧をするありさ。ヒロキチ、じっと見ていたが、やがてなんとなく視線を逸らす。

ありさの家・玄関

ありさ
「じゃ、よろしく!なるべく早く帰るからね。あ、おかーさん夜まで帰ってこないから」
ヒロキチ
「面接がんばってね〜」
ありさ、ドアを開けて一歩外へ踏み出す。しかしくるりと振り返り、
ありさ
「1万円以上なったら諦めてね」
ヒロキチ
「わぁってるよ〜」
ばたりと音を立てて扉が閉まる。
ヒロキチ、表情を変えずに180度回転する。

ありさの部屋・ノートパソコンの前

 
可愛らしいmacのデスクトップ。表示されているのは『yahooオークション』。
マウスを握るヒロキチ。
『残り時間:1:05:20』減っていく秒数、19、18、17…
ヒロキチ
「あと一時間かぁ〜」
腕時計を見やり、立ち上がる。窓の外を窺い、カーテンを閉める。
ヒロキチ
「フフ…」
机の上に、『ダイアリィ☆』と表紙に書かれている日記帳が、見ろと言わんばかりに置いてある。
ヒロキチ、机に近づき…
素通り。
机の横のクローゼットを開ける。綺麗に並べられた洋服たち。
ヒロキチ
「フフ。フフフフッフ〜」

ありさの部屋のドアの前

 
バタン!ドアが開く。
ありさ
「忘れ物しちゃっ…………た」
ありさの目の前に、ありさの服を着て、ありさの化粧品で化粧したヒロキチが居る。びっくりしているヒロキチ、口紅を半分塗った状態で停止。
2人とも凍り付いて動かない。
ヒロキチ
「面接は…………それどころじゃ、無いって?」
鞄をぽとりと落とすありさ。

メインタイトル

『いいじゃないか』

ありさの部屋

 
ぺたりと座り込んでいるありさ。わぁわぁ声をあげて泣いている。
ありさ
「アーアー。彼氏がおかまちゃんだったぁ〜アアーあたしカムフラージュだったんだぁアーアー」
女装したままのヒロキチ、ばつ悪そうに俯く。
ヒロキチ
「…違うって…」
ありさ
「アアアー騙されたーァアアあ?」
いきなり止まる。目をぱちぱちさせ、
ありさ
「ね、ってことはさ、あんたって両刀?ば…バイセクシャル?で、あんたは受け?攻め?ややややっぱり前なのッ?!」
ヒロキチ
「(引きつり笑い)……」
ありさ
「はっ」
ありさ、ヒロキチの襟首をがしっと掴んで揺する。
ありさ
「まさかまさか、病気持ってるんじゃないでしょうねえええええ?!」
ヒロキチ
「(揺れながら)おおお落ち着けって〜〜」
ありさ
「アアーンアアーンばかぁーヒロキチのばかばかばかぁー(以後ばか繰り返し)」
ありさ、ぱっと手を放す。ぽろぽろとこぼれる涙。目元を拭いつつ立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
咄嗟にありさの手首を掴むヒロキチ。
ヒロキチ
「話聞けってば〜!」
そのまま、ぺたんと座り込むありさ。
ヒロキチ
「オレは、男は好きじゃない!」
ありさ
「嘘」
ヒロキチ
「ほんとだ。オレはノーマルだっ」
ありさ、ヒロキチをまじまじと見つめる。
マスカラまでぬってある、アイシャドウした目。
チークの位置も正確。
なんとブラウスの下からブラジャーが透けている。
ありさ
「説得力無いよっ」
手を振り解くするありさ。
ヒロキチ、肩に手を置く。
ヒロキチ
「…好きなんだ」
ありさ
「なにがよっ」
ヒロキチ
「…………女装が…」
ありさ、絶句。
ヒロキチ
「オレが愛してる女性…いや人間はありさだけだっ!」
ありさ
「…ヒロキチ…」
ヒロキチ、肩をゆっくり寄せていく。
手のひらをありさの頬にあて、キスしようと目を閉じる。
ありさも目を閉じ…だがパッと見開く。
あばれて体を引き離す。
ありさ
「ばかっ」
ばちーん。ヒロキチの頬をひっぱたく。
   × × ×
元の服に着替えたヒロキチ。ありさがそっぽを向いたままメイク落としシートを差し出す。
ヒロキチ、受け取りながら
ヒロキチ
「隠しててゴメン。怖くて言えなかったんだ」
ありさ
「……」
ヒロキチ
「オレが間違ってた。どんなことだって、ヒミツはいけないよな、うん」
ヒロキチ、ありさの向いている方向に回り込む。ありさ、また違う方向を向く。
ヒロキチ
「もう隠さないぞ。オレの趣味は女装だっ」
ヒロキチ、ありさの向いている方向に回り込む。ありさ、また違う方向を向く。
ヒロキチ
「趣味なら良いと思わん?逆に言えばさ、趣味:ギャンブルとかより全然良くない?」
ヒロキチ、ありさの向いている方向に回り込む。ありさ、また違う方向を向く。
ヒロキチ
「聞いてるの?聞いてるの〜?」
ありさ
「化粧落として!」
ヒロキチ
「…はい…」
ヒロキチ、メイク落としシートで顔を拭き始める。
ありさ
「…いつからなの?ソレ」
ヒロキチ
「幼稚園の時…」
ありさ、反射的にヒロキチを見る。
ありさ
「幼稚園?!」
ヒロキチ
「お姫様役でのクリスマス会…オレはクラスのどの女子より可愛かった〜…」
ありさ
「今は可愛くないよ」
ヒロキチ
「…ウン…」
ありさ
「もうヒミツ無い?全部喋って!」
ヒロキチ
「う…全部?」
ありさ
「そう!」
ヒロキチ
「うーうー…最後のネションベンは高校3年だった…」
ありさ
「(顔をしかめ)まじ…?」
ヒロキチ
「…ありさがはじめてだってのも実は違う…」
ありさ
「嘘っ!だれ、誰なの!」
ヒロキチ
「…カテキョー(家庭教師)の女子大生」
ありさ
「イ・ヤ・ラ・シーーーー!」
ヒロキチ
「好きな漫才師は麒麟じゃなくてケンコバなんだ…」
ありさ
「なにそれっ!あたしに合わせてたってこと?ヒドイ!しんじらんない!」
ヒロキチ
「ゴゴメン…」
ありさ
「もう無いの?」
ヒロキチ、一瞬躊躇うが
ヒロキチ
「うん…」
ありさ、うつむいて、絨毯の毛をむしる。
ありさ
「ヒドイよ…嘘ばっかじゃん…」
ヒロキチ
「悪かった!もう嘘つかない!仲直りしようよ!」
ありさ、うるんだ瞳で、ヒロキチを見つめる。
ありさ
「女装、もうしない…?」
ヒロキチ、いきなりキリっとした表情に。
ヒロキチ
「する」
ありさ、クッションをなげつける。
ありさ
「ばかっ!」
ヒロキチ
「なんだよ、ヒミツが嫌だったんじゃないの?女装が嫌なの?」
ありさ
「……」
座ったままのありさ。クッションを抱き寄せる。
しばらくしーんとする。
ふと見たパソコンの中、残り時間1分。
ありさ
「…あっ…!」
気づいたありさ、とっさに入札。9900円。
『落札しました』
ありさ
「…うわーい。バンザーイ!」
クッションを放り投げて喜ぶ。
ありさ
「やったやったぁ〜〜!」
部屋の中をぴょんぴょん飛び回るありさ。
ヒロキチ、それを見てる。
ありさ、視線に気づいて
ありさ
「落札しちゃったよ〜!やっほー!」
ヒロキチに抱きつく。
ヒロキチ、困惑するが、次第に笑顔に。

デパート

 
手を繋いで歩いているヒロキチとありさ。
ありさ
「あ!あっち見て良い?」
ヒロキチ
「うん」
化粧品売り場。美容部員のおねーさんがにこり微笑む。

おねーさん「いらっしゃいませ〜♪」

 
色とりどりの化粧品が並ぶ、綺麗に飾り付けられた空間。楽しそうな女性たちが行き交う。
その中で、2人して目を輝かせるヒロキチ、ありさ。
ありさ
「これキレー」
アイシャドウを手に取るありさ。ヒロキチ、隣のアイシャドウを手に取る。
ヒロキチ
「こっちのがオレ好きかなー…」

おねーさん「こちらでメイク致しますよ〜?」

 
おねーさん、椅子を指し示す。

ヒロキチ・ありさ「わぁ。お願いし」

 
顔を見合わせる2人。ありさ、こほんと咳払い。
ありさ
「…お願いします〜」
おねーさんに色々勧められながら化粧されるありさ。ヒロキチはそれをじっと見ている。

おねーさん「理解ある彼氏で羨ましいですね〜おほほ〜」

ありさ
「え?ええ…(笑)」
ありさ、化粧してもらいながら、向かいのベースにいるオヤジ、山田タメキチ(48)が目に入る。
タメキチに応対している美容部員は苦笑い。
タメキチ、化粧品をあれこれ指差す。指差された化粧品を取って並べる美容部員。
大量に並んだ化粧品はすべて袋に包まれる。
万札を数枚差し出すタメキチ。
ありさの目線が気になり、ヒロキチ、振り向く。
目に入るタメキチ。
ヒロキチ、蒼白になってありさの手を引く。
ヒロキチ
「い、行こう」
ありさ
「え?ちょっと待ってよ〜」
ヒロキチ
「良いから、早く行こ!お願い!」
困惑するおねーさんをそのままに、ありさの手を引いてヒロキチ、超早歩き。
化粧品売り場を抜けようとする寸前。
タメキチ
「あっら〜?ヒロちゃんじゃないの〜?」
ヒロキチ、ぴくっと肩を震わせるが、足を止めない。
タメキチ、商品を受け取り、追ってくる。
タメキチ
「ヒロちゃん?ヒ〜ロ〜ちゃ〜ん、ヒ・ロ・キ・チ!」
ありさが振り向く。
ありさ
「ヒロキチ、呼ばれてるよ…?」
ヒロキチ
「……」
ヒロキチ足を止め、振り返る。つつつと近寄ってくるタメキチ。
タメキチ
「あらヤダ。可愛い子ね。彼女ぉ?やるわね〜コノっコノっ」
ありさ、ヒロキチの顔を見上げる。
ありさ
「ヒロキチ…?このヒト…」
タメキチ
「(にっこり)はじめましてェ〜よろしくぅ〜ヒロキチの父タメキチでぇす。メイクアップアーチストやってまぁす」
がっくり肩を落とすヒロキチ。
ありさ、ボーゼン。
タメキチ、ヒロキチとありさの体をべたべた触りまくる。
タメキチ
「ちょうど良かったわぁ。今帰りなの〜。一緒に帰りましょうよぉ。今日はオナベだから彼女ちゃんも一緒に、ねェ?ウチでゴハン食べましょうよ〜」
ヒロキチ
「なっ…やめてくれよ。オレ嫌だよ」
タメキチ
「ええ〜?なんでぇ?つめたぁいヒロちゃん」
ヒロキチ、ありさに
ヒロキチ
「ありさ、今日早く帰りたいって言ってたじゃん。なっ、なっ?」
ありさ、ヒロキチとタメキチの顔を見比べる。
ヒロキチ
「なっ?!」
まじめな顔つきになるありさ。
ありさ
「…ううん、行く。行きます。あたし行きます、おじさま!」
ぱあっと笑顔になるタメキチ。
タメキチ
「そうぉ?良かったわぁ!じゃ、決まりね」
るんたった。るんたった。
口ずさみながら歩き出すタメキチ。
ヒロキチ
「あ…ありさ…」
ありさ
「(強い口調で)ヒミツもう無いって言ったじゃん。ウソツキ」
ヒロキチ
「ご…ゴメン…」
タメキチの後を歩き始める2人。

ヒロキチの家・玄関

 
タメキチが戸を開ける。
タメキチ
「たっだいま〜。あら、いいにおい」
続いてヒロキチとありさが入ってくる。
ささっと靴を脱ぎ軽やかに廊下を行くタメキチ。

ヒロキチの家・リビング

 
鍋のふたを取る山田洋子(46)。もわぁっと湯気がたちのぼる。
タメキチが来る。
洋子
「おかえり〜。ちょうど出来たよ」
タメキチ
「まぁっ。おいしそうねェ」
ありさ来て、
ありさ
「は…はじめましてっ!野原ありさと申します!」
洋子
「おやおや。ヒロキチもやるねえ。どうぞ座りなよ」
ありさ
「はいっ!」
ヒロキチに耳打ちするありさ。
ありさ
「おかーさん、美人だね〜…」
ヒロキチ
「え…そ、そう?(声うらがえる)」
なんだか落ち着かないヒロキチ。ありさ、首を傾げる。
ビールを冷蔵庫から出す洋子。
洋子
「イケるクチ?」
ありさ
「はい、弱いですけど好きです」
洋子
「よし」
グラスを4つ並べる。ありさ、ビールの栓を抜き、タメキチに差し出す。
タメキチ
「あら、ありがと」
タメキチのグラスにビールを注ぐありさ。
洋子
「ヒロキチには勿体無い子だわ」
タメキチ
「そうねぇ〜〜おほほ〜」
洋子
「あはは〜」
タメキチ
「おほほ〜」
ありさ
「えへへ…」
ヒロキチ
「あは…あは…」
   × × ×
夕食は終わり、酒を囲んでほのぼのする4人。
全員酔っ払っている中、ありさだけ素面。
洋子
「ん・もーありさちんほーんと良い子!娘にしたいっ!姫子おっぱらって山田家に入らない?」
ヒロキチ
「なに言ってんだよかあさん〜」
ありさ
「姫子…?」
タメキチ
「まぁだ就職決まってないぼへぼへのおねーちゃんなのよ。ふらふらふらふらしてるんだから、あの子ぉ」
ありさ
「ああ、お姉さんですか…」
タメキチ
「でもぉ、ウチの娘になる可能性もあるって事よねぇ?おほほほほほほほ」
洋子
「やぁだタメちゃんたらあははははははは」
ヒロキチ
「あはあはからかうなよ〜あはあはあはあは」
愛想笑いのありさ。
洋子、日本酒を手酌する。
洋子
「ありさちん飲んでないじゃん〜飲まないの?」
ありさ
「あ、あたしはもう…ちょっとお手洗い借りますね」
洋子
「あいよ〜」
ありさ、席を立ってそそくさとリビングを出て行く。バッグミュージックは笑い声。

ヒロキチ家・トイレの中

 
便座に腰掛けているありさ。
ためいき。
太ももに肘をついて、じっとしてるありさ。

ヒロキチ家・廊下

 
歩いているありさ。
暗い廊下に、ドアの隙間から明かりを漏らす部屋がひとつ。
気にせずリビングに戻ろうとすると、かすかな物音。
そのドアは半開き。
そっと、近づいていく。
ゆっくりドアの隙間から中を覗く。

ヒロキチ家・リビング

洋子
「どうやって引っ掛けたんだよ、このっこのっ」
洋子、ヒロキチを小突く。

ありさの声「きゃああああああ!」

 
3人はっとして、グラスを置く。

ヒロキチ家・廊下

 
腰を抜かして廊下に尻をついているありさ。
駆けつける3人。
タメキチ
「どうしたの〜?ありちゃん」
ありさの視線の先をヒロキチが追っていく。
部屋の中、ロープで縛られた全裸の男がさるぐつわを咬ませられて転がっている。
洋子
「あーあー。駄目な男だねェ。物音を立てないこと…って、命令したデショ?」
洋子、赤い顔で男に近寄っていく。
さるぐつわを外す。
全裸男
「ごめんなさい女王様ぁあああぁあ!」
ありさ、目が釘付けになったまま。
タメキチ
「あらぁ…ありちゃん、びっくりしたでしょう?ママも…ダメじゃないの。帰る前に電話したのに」
洋子、全裸男を足蹴にしながら
洋子
「あれ?ヒロキチ言ってなかったの。そりゃ悪かったねー」
一気に酔いが冷めたヒロキチ。そぅっとその場を離れようとする。ありさ、そんなヒロキチの手を掴む。
ありさ
「説明して」
ヒロキチ、諦観の顔つきに。
ヒロキチ
「(遠い目)母さんは趣味でSMの女王様やってるんだ…」
姫子
「あっれ〜?どーしちゃったの〜みんな」
声の方を振り返るありさ。そこにはヒロキチの姉・山田姫子(22)が立っている。全身黒、レースのあしらわれたワンピース。スカートはふんわり。化粧は素顔が判らぬ程に濃い。(ゴスロリ)
姫子、ありさを見てぴょこんと首を傾げる。
姫子
「だれ〜?」
タメキチ
「ヒロちゃんの彼女のありちゃんよ」
姫子、ぶりっこポーズ。
姫子
「ん〜?そ〜なんだ〜。よろしくねっ」
語尾と同時にウインクする姫子。軽やかに去っていく。
ありさ
「だれ…」
ヒロキチ
「ねえちゃんだよ…」
諦観の顔つきのままのヒロキチ。

ヒロキチ家・リビング

 
風呂上りの姫子。タオルを頭から被っている。眉毛が無い。
姫子
「ありちゃん帰ったの〜?」
タメキチ
「そぉなのよ。送ってあげるって言ったんだけどねえ…ひとりで帰りたいって」
ヒロキチ、携帯をいじっている。
メールの文面『怒ってるの?』送信。
洋子
「いや〜良い子だった。夕飯の片付けまでしてくれたんだよ。姫子、見習いな」
姫子
「爪汚くなるからイヤ〜」
姫子の爪は赤で、白い水玉模様。
洋子
「はぁ。まったくもう」
ピロピロ。ヒロキチの携帯が鳴る。画面を凝視するヒロキチ。
メールの文面『ありさ件名件名なし本文ひとりで考えたい。メールしないで』
ヒロキチ
「あー!」
家族全員、ビクッ。
ヒロキチ
「終わりだー…」
ヒロキチ、キッとタメキチを睨みつける。
ヒロキチ
「とーさんのばかっ!なんでありさ家に呼んだんだよっ!」
タメキチ
「ええ〜?どうしたのよ、急に」
ヒロキチ、洋子を睨みつける。
ヒロキチ
「かーさんの非人間っ!なんでマゾが家に居るんだよ!」
洋子
「仕方ないじゃないマゾなんだから」
ヒロキチ、姫子を睨みつける。
ヒロキチ
「ねーちゃんのヘンタイっ!22にもなってやめろよそのカッコ!」
姫子
「歳言わないでよ。ひぃちゃんは永遠の少女なのョ」
ヒロキチ
「あーーー!うまくいってたのにーーーー!」
洋子、煙草に火をつける。
洋子
「彼女に内緒にしてるのが悪いんだよ」
ヒロキチ、泣き怒りな顔で洋子を見る。
洋子
「このくらいで壊れるんなら壊れちまえ。そんなの愛じゃないよ。幻想なんだよっ。覚えときなクソガキ」
タメキチ
「しびれるわぁ」
洋子にうっとりなタメキチ。
洋子
「それにね。あたし、知ってんだよ」
ヒロキチ
「な、何がだよ」
洋子、煙を吐き出す。
洋子
「あんた女装してるでしょ。姫子の部屋にいるの、見たんだからね」
ヒロキチ、口があいたまま閉じない。
タメキチ
「あらっ」
姫子
「エエー!ひぃちゃんの服着たのー?!」
タメキチ
「なぁんだ。言ってくれたらお化粧するのに〜」
姫子
「(イヤイヤしながら)ヤダーヒロちゃんが着たって可愛くない〜」
タメキチ
「姫ちゃんくらいお化粧しちゃえば判んないわよ〜」
姫子
「やん。ひどーい」
ケタケタと笑う姫子とタメキチ。
ヒロキチ、頭を抱える。
ヒロキチ
「(小声でブツブツと)オレだけはオレだけはと思ってたのに…やっぱりこいつらの家族なんだ…ヘンタイは遺伝するんだ…こいつらから産まれた時点でオレの運命は呪われてるんだ…」
洋子、グラスに残っていたワインを一気に飲む。
洋子
「女装のことも知らないの?」
ヒロキチ、頭を振る。
洋子
「ふぅ〜ん…知ってるんだ」
ニヤニヤと笑う洋子。

大学・キャンパス

 
教室の前でありさを待っているヒロキチ。
教室からありさが出てくる。目が合う2人。
ヒロキチ
「あり…」
ありさ、一瞬足を止めるが、そのまま行ってしまう。

ありさの家・夜

 
ベッドに寝転がっているありさ。
天井を見つめたり、寝返りを打ったり。
枕に頭を乗せ、物思いにふける。

ヒロキチの声「(ごく小さく)ありさー!」

ヒロキチの声「(ごく小さく)おおおーいあ〜りさー!」

 
ありさ、はっと気づいて起き上がる。
カーテンを少しだけめくって外を覗く。

ヒロキチの声「ありさー!」

 
窓の外、ヒロキチが居る。
窓を開ける。
ありさ
「ちょっとやめてよはずかしいじゃない!」
ヒロキチ
「なんだとー?そんなにオレが恥ずかしいのかよー!」
ありさ
「当たり前でしょっ?!」

ありさの家の前・夜

 
見あげているヒロキチ。ありさ、突然窓を閉める。
ヒロキチ
「なっ…!なんだよー!」
ドアが開いてありさが出てくる。つっかけひっかけて、ちゃんちゃんこを着ている。
ありさ
「だから、恥ずかしいんだってば!」
ヒロキチ
「ありさ…」
ヒロキチ、真剣そのものの表情で、ありさの手を取る。
ヒロキチ
「ねえ、オレのこと嫌いになったの?」
ありさ
「う〜ん…そういう訳じゃないんだけど…」
ヒロキチ
「じゃあ何で何で今日無視したの?」
ありさ
「……」
ヒロキチ
「なんで黙るのー!」
ありさ、うつむく。
ヒロキチ
「オレのせい?オレの家族のせい?」
ありさ、考え込んで
ありさ
「わかんない。でも、ビックリしたのかもしれない」
ヒロキチ
「なんだよ、かもしれないって」
ありさ
「今まで会った事ないタイプだからさ…ヒロキチの家族って。だから、だからさ…」
ヒロキチ、ありさの言葉を待つ。
ありさ、ヒロキチを見つめる。
ありさ
「びっくりしたの」
ヒロキチ
「オレとつき合うの嫌なの?」
ありさ、首を振る。
ヒロキチ
「じゃあ、じゃあ良いじゃん!なんも悩むことないって!」
ありさ、頷く。
ヒロキチ
「明日からまた元通りになれるよね?」
ありさ
「うん…」

ヒロキチの家

 
リビングに集まっているヒロキチ家の一同。
洋子、酒の入ったグラスを手に
洋子
「どーだったの?」
ヒロキチ
「う〜ん。一応、大丈夫みたい…だけど」
姫子、興味津々で身を乗り出す。
姫子
「だけど?!」
ヒロキチ
「なんかスッキリしないんだよなー」
姫子
「そーなんだぁ…別れまで秒読みなのかしらね〜」
ヒロキチ、ムッとする。姫子それを見て逃げる。

大学・食堂

 
ありさとヒロキチ、昼食をとっている。
なんだか無言なありさ。
ヒロキチ
「これおいしいよ?食べる?食べる?焼きそばパンスパゲティ風味!」
ありさ、首を振る。
ヒロキチ、困った顔。
周りが騒々しいだけに、沈黙が重い。
ありさ、箸を置く。
ありさ
「…あのさ…」
ヒロキチ
「ん、ん?」
ありさ
「…実はね、私…」
ありさの暗い顔。ヒロキチ、パンを置く。
ありさ
「……妊娠してるの……」
椅子を転げ落ちるヒロキチ。
なんとか這い上がって
ヒロキチ
「ま、まじ?」
頷くありさ。
ヒロキチ
「いつ分かったの」
ありさ
「昨日……調子悪いなぁと思って病院行ったんだ。そしたら……」
ヒロキチ
「最近態度おかしかったの、そのせい?」
ありさ
「そうかもしれない」
ヒロキチ
「どうすんの?」
ありさ
「ばか。こっちが聞きたいわよぉ…」
ありさ、テーブルにつっぷす。

ヒロキチの部屋

 
黙っている2人。
ありさ
「…堕ろそうかな…」
ヒロキチ
「ええええええ?!」
ありさ
「だって、だって、だってぇええ!」
泣き出すありさ。ヒロキチ、ありさの肩を抱いて
ヒロキチ
「オレの気持ち、聞きたい?聞きたくない?」
ありさ
「う…き、ひっく、聞く…ううう」
ヒロキチ
「産んで欲しい」
ありさ
「うわーーーー」
大声で泣き出すありさ。
ヒロキチ
「なんで泣くんだよぅ」
突然開かれるドア。タメキチ、洋子、姫子がスタンバイしている。
洋子
「話は聞かせて貰ったわ!」
ツカツカツカと部屋に入り込んでくる3人。
タメキチ
「ありちゃん」
ありさの隣に座るタメキチと姫子。
タメキチ
「こーゆーことはね、ひとりで抱え込んでたら体に悪いわよ?家族の方にはお話したの?」
ありさ
「ううん、まだ…。は、話せないよぅ」
姫子
「そうよねー。親ってのはなんでか娘がいつまでも処女だと思ってンだから」
洋子、タメキチ、ヒロキチ、一瞬姫子に注目して動作停止。
ありさ
「それだけじゃなくて…、その、あの、ううううう」
洋子
「判ってるわ。ありさちん」
偉そうなポーズをつける洋子。
洋子
「私達を親に紹介するのは…勇気が要るものね」
タメキチ
「あら」
姫子
「ほよ?」
ありさ、しばらく躊躇ってから、コクンと頷く。
姫子
「それってさ」
ヒロキチ、きょとんとしている。
タメキチ
「産む意思があるってことなのね?ありちゃん」
ヒロキチ
「へ」
ヒロキチ、ありさの手を取る。
ヒロキチ
「ありさ、そうなの?そうなの?」
ありさ
「だって、だって。ヒロキチのこと、好きだもん」
洋子
「へっ。良かったねえヒロキチ」
ヒロキチ
「うわぁ…まじで?」
ありさ、うなずく。
みるみる笑顔になるヒロキチ。
ありさ
「でも…ほんとに、おとーさんとおかーさんに話せないよ…」
ヒロキチ
「大丈夫だよ!何とかなる!」
ヒロキチ、立ち上がりありさを引っ張る。
ヒロキチ
「今から行こう、話ししに行こう!」
いなくなる2人。
洋子
「あーあーあー…行っちゃった」
タメキチ
「うまく行くかしら…」
姫子
「ダメだろうねえ。まだ学生だしねえ」
タメキチ
「準備しておくべきかしらね」
姫子、目をぱちぱちさせる。
洋子
「そうね。私達の計画を発動させるべき時が来たわね」
姫子
「なぁに、それ」
洋子、得意げに笑う。
洋子
「あたしたちはね。こういう日が来ることを予想してある計画を立てていたのよ」
タメキチ
「姫ちゃんにも協力してもらわないとねえ」
洋子
「そうね。あはははははは」
タメキチ
「おほほほほほほほほ」
タメキチ、姫子に耳打ちする。
姫子
「ふぅ〜ん。そう。やってみる。うふ。うふふふふふふふ」
洋子
「あははは」
タメキチ
「おほほほほ」
楽しそうな3人。

ありさの家・夜

 
厳格そうなありさの父・大造(53)と、病弱そうな母・サクラ(53)を目の前に、ヒロキチとありさは頭を下げる。
ヒロキチ
「お父さん、お母さん!」
ありさ、ごくんと唾を飲み込む。
ヒロキチ
「お嬢さんをぼくにください!」
しーんとなる居間。
2人、頭を下げたまま。
大造
「……ならん!」
2人、咄嗟に顔をあげる。
ありさ
「そんな…!お願い。お父さんお母さん」
ヒロキチ
「ぼくたち本気なんです!」
大造
「本気もクソもあるか。本気なら」
大造、ちゃぶ台をひっくり返す。
大造
「それ相応の手順を踏むだろうがぁあああああ」
がちゃーん。サクラが大造の着物の裾をつかむ。
サクラ
「旦那様、落ち着いてくだせえまし」
大造
「ええい!離せ離せぇええ」
大造、ヒロキチの襟首を掴む。
大造
「娘を、娘をたぶらかしおってぇええええ」
ありさ
「お父さんやめて!やめてぇ!」
大造、ヒロキチを突き放すと、いきなりでろんでろんの笑顔に。
大造
「ありさやありさ〜。可愛いありさ。こんな可愛い娘を…」
再び鬼の形相。
大造
「孕ませやがってぇえええこの疫病神がぁああ!」
大造の拳が唸る。振り下ろされた拳をギリギリで避けるヒロキチ。
ヒロキチ
「それに関してはもうお詫びの仕様がないですっでもオレは本当にありささんを!」
サクラをありさ、必死に大造を抑える。
サクラ
「ヒロキチさん。今日のところは帰ってくださいませんか。主人もこのように興奮しておりまして…」
大造
「今日のところはじゃない!二度と来るなぁああ!」
大造、サクラを振りほどき、ヒロキチを蹴ろうとする。
ヒロキチそれもよけて
ヒロキチ
「でも、でもお腹の子供の父親はぼくなんです!」
押入れの中から黒服サングラスが2人出てきて、ヒロキチの両腕をつかむ。

ありさの家の外・夜

大造
「カエレー!」
外へつまみ出されるヒロキチ。
ヒロキチ
「ちくしょーー!」
泣きながら地面を拳で叩く。

ありさの家・夜

 
サクラが畳にこぼれたお茶を拭いている。
部屋の真ん中であぐらをかいている大造。
ありさ
「お父さん、本気で反対してるの?」
大造
「もちろんだ!」
ありさ、涙目になる。
ありさ
「あたしが不幸になっても良いの…?」
ぴくっと反応する大造。
大造
「う…」
ありさ
「あたしに堕ろせって言うの?」
大造
「うぅ…」
ありさ、泣きながら走り去る。
ありさ
「お父さんなんかキライっ!」
大造
「あ…ありさ…」
大造、シュンと落ち込む。
サクラ
「旦那様…」
大造
「……わ、わかっている!だが……」
大造の背後に並ぶ黒服達。
大造、すっと立ち上がり
大造
「よし。お前達。判っているな。山田ヒロキチの身辺調査だ」
頷いて、風のように去っていく黒服達。
大造
「どっちの道が不幸になるのか…見極めなければならん!」

ヒロキチ家の前・朝

 
黒服1、トランシーバーを片手に電信柱の陰に潜む。
姫子の声
「行ってきまぁす!」
黒服1
「誰か出てきました。女です」

トランシーバーの大造「むむ。キョウダイか。姉か妹か」

 
姫子が門から出てくる。黒ずくめのケッタイな格好。
黒服1
「ね…年齢不詳です…社会人には見えません…」
姫子、黒服に気づく。とっとっと、と走ってくる。
黒服1
「どうしましょう、気づかれました…」

トランシーバーの大造「知らんふりして会話するんだ!」

 
姫子、黒服1の目の前に。
黒服1
「ラジャ」
姫子
「ラジャ。ってなぁに?なにしてるの?おにぃさん」
黒服1、トランシーバーを慌てて内ポケットにしまう。
黒服1
「あいや〜何でもないアルよ」
姫子
「今、ウチ覗いてたでショ」
黒服1
「ええっそんなぁ濡れ衣アル」
姫子
「中国人のフリしたってダメなんだかんね」
姫子、黒服1のサングラスを奪う。黒服1、慌てて目を隠す。
黒服1
「ああ〜見ないで〜」
姫子
「バツよ。これは返さないンだから」
行ってしまう姫子。黒服1、目を押さえたまま逃げ去る。道路に落ちるトランシーバー。

トランシーバーの大造「おいっ。どうした、どうした!おい!」

テレビ局・スタジオ1

 
バラエティ番組の収録をしている。
観客の中に居る黒服2、インカムを装着している。
司会
「今日の『メイクDEメイク』は山田タメキチさんに来て貰いました〜」
拍手の中、登場するタメキチ。
黒服2
「…思ったよりまともな印象です」

インカムの大造「そうかそうか。引き続き頼むぞ」

司会
「さあ。この、化粧をしたことが無いというお嬢さんにどんなメイクをしてくれるんでしょうか?!」
スタジオの中央の椅子に座っている素朴な顔の女性。タメキチがメイク道具を手に近づく。
タメキチ
「……」
司会
「出たーーー!タメキチの『とっても☆サーチ』だぁ!」
じっと女性を見るタメキチの真剣な眼。
男らしい。
食い入るようにタメキチを見つめる黒服2。
タメキチ、驚く早さで化粧していく。あっという間に女性はぴかっぴかの美人に。
司会
「凄い!凄すぎるぞ山田タメキチー!今回のメイクのポイントを教えてくれー!」
タメキチ
「はい…」
コホン、と咳払いひとつ。
タメキチ
「このお嬢さんはねぇ、目鼻立ちが薄いと思われがちだけど、ほら。きれーな目してるでしょう?こういうお嬢さんはアイメイクが映えるのよ〜」
たちまちしなりんと体をくねるタメキチ。
黒服2、ずっこける。
黒服2の肩を叩くADの若者。
AD
「ちょっとちょっと。出番もう直ぐなんですからお願いしますよ」
黒服2
「はぁ?あああ」
ADに引っ張られて連れ去られる黒服2。
   × × ×
司会
「さぁ次はミスター・ブラックの手品だぁ!」
スタジオに立たされた黒服2、目の前に電気ノコギリと、箱に入った美女。
司会
「さあ!ブラックが美女の入った箱をまっぷたつにします!」

インカムの大造「おい。何やってる、何やってる!」

 
黒服2に手渡されるのこぎり。
ぶいーん。

テレビ局の外観

黒服2の声「ひええええええええええ」

ヒロキチの家

 
黒服3、家の中に入り込んでいる。廊下を音も無く駆けていく。
黒服3、壁に背をつけ、超小型カメラのスイッチを押しながら、不適に笑う。
ドアの向こう、ヒロキチが女装を楽しんでいる。
次の部屋には、全裸の男が転がっている。
男、鞭、網タイツなどを撮影。
黒服3
「ふふっ」
背後から伸びる手が、黒服の首を絞める。
黒服3
「ぐ、ぐふっ?!」
片手で黒服を持ち上げる洋子。
洋子
「なんだい?アンタ」
黒服3、喋れない。
洋子
「ははーん。あたしの追っかけだね?」
黒服3
「?!」
洋子
「仕方ないなぁ…」
黒服3を放る洋子。黒服3、全裸の男の隣に転がる。
洋子、さるぐつわを押し込み、小型カメラを奪う。
洋子
「安心しなよ。後でちゃーんと返してあげるよ」
黒服3
「むぐ〜?!」
洋子、鞭をしならせる。

ありさの家

 
黒服が3人、全員正座しながら大泣きしている。
黒服1
「素顔見られた〜ふえ〜ん」
黒服2
「ノコで…ノコで…(ガクガク)」
黒服3
「恥ずかしい写真撮られた〜うわ〜ん」
大造、写真を持つ手がプルプルと震えている。写真を畳の上に放る。真っ裸で縛られた黒服3(サングラス有)の写真の上に、女装しているヒロキチの写真がのっかる。
大造
「…こんな家に、ありさをやるわけにはいかん…!」
ふすまの陰から、ありさが心配そうに見ている。
ピンポーン。呼び鈴が鳴る。

サクラの声「はいはいただいま」

 
   × × ×
玄関、サクラが鍵を開け、引き戸を開ける。
立っているのは和装したタメキチと洋子。
タメキチ
「夜分遅く申し訳ありません。私、山田ヒロキチの父でございます」
洋子
「同じく、母でございます」
サクラ、丁寧にお辞儀する。
サクラ
「これはこれは…どうぞ、お上がりになってください」
大造
「ならん!」
大造が仁王立ちで立ち塞がる。
大造
「あんたたちにこの家の敷居はまたがせん!」
驚くタメキチと洋子。大造の後ろに、黒服たちが並ぶ。
洋子
「あ、あんたは…」
洋子、したうち。
洋子
「そういうことでしたの。判りました。ですが、話し合いも出来ぬ程こどもでも無いでしょう。これをお受け取りになってくださいませ」
洋子、着物の袖から封書を取り出す。
大造
「む。なんだそれは!」
タメキチ
「招待状でございますのよ」
大造
「なに〜?!」
サクラ
「これはこれは、ご丁寧に…」
サクラ、受け取る。
大造
「受け取るな、サクラ!」
洋子
「良いじゃありませんか。どうぞ、娘さんと3人でいらしてくださいませ。では、私達はこれで」
名残惜しそうなタメキチを引っ張って、洋子は出て行く。
大造
「ムキーッ!サクラ、塩だ、塩持ってこい!」
サクラ、もういなくなっている。
大造
「ムキーッ!」
   × × ×
ありさとサクラ、招待状を見つめている。
ありさ、招待状の封を破る。
中から出てくるのはチケット3枚。
ありさ
「クラブ…スラッシュJ…???」
サクラ
「クラブって、デスコみたいなところのこと?」
ありさ
「うん、そうだけど……」
サクラ
「まあ。お母様はじめてだわ〜。何着ていこうかしら」
大造、ありさの手からチケットをふんだくる。
大造
「こんなもの!」
チケットをやぶろうとする大造。
ありさ
「やぶいたら、お父さんと一生くちきかないから!」
動きが止まる大造。
ありさ
「行くんだよ。絶対行くんだからね、お父さん!」
大造
「な、なに…?」
ありさ、強く睨む。
大造
「う…判ったよ…」
ありさ、強かな笑顔になる。

クラブ『スラッシュJ』外観・昼間

 
広い土地にポツンと建っているスラッシュJ。まだ光っていない電光をみあげるヒロキチ。中へと入っていく。

スラッシュJ

 
薄暗い店内。洋子、ヒロキチを見つける。
洋子
「来たわね」
ヒロキチの前に立ち塞がる洋子。
洋子
「覚悟は良い?」
ヒロキチ、しばらく躊躇ってから、頷く。
洋子
「よし」
店の奥へと消えていく2人。

産婦人科

 
ありさ女医に診察されている。
女医
「お子さんは元気に育ってますよ」
ぱあっと明るく笑うありさ。
女医
「出産なさるんですね?」
ありさ
「……はい」
女医
「一度、お父さんも一緒にいらしてくださいね」
ありさ
「はい」
微笑みながら、お腹にそっと触れる。

産婦人科・外観

 
停車している車。運転席、助手席は大造とサクラ。2人とも正装。
ありさが来て車に乗り込む。

車の中

 
ありさがドアを閉めると車、動き出す。
サクラ
「どうだったの?」
ありさ
「順調だって」
大造、ハンドルを握りながら歯を喰いしばっている。
サクラ
「良いわねえ…赤ちゃん…きっと可愛いでしょうねえ」
大造
「うぉおおっほん」
仕方ない、という風に口を閉じるサクラ。

スラッシュJ・外観・夜

 
バタンとドアを閉め、ありさ、大造、サクラが車を降りる。
大造
「ここか…」
紋付袴の大造、スラッシュJを睨みつける。派手な電飾。
大造
「下品だっあいつらにはピッタリだがな!」
大造、歩を進める。
ついていく2人。

スラッシュJ

 
重たい扉を開けると、中は真っ暗。
大造
「な、なんだ、誰もいないのか」
物音。
サクラ
「旦那様おちついてくだせぇ」
いたっ。という声。
洋子の声
「ようこそいらっしゃいました」
前方のステージ、スポットライトに照らされる洋子。一面にスパンコールの貼られたドレス、フェイクファーの襟巻き。スタンドマイクにも飾りがつけられている。
同時に大造たち3人にもスポットライトが当たる。転んで膝をついてる大造、下敷きになっているサクラ。
洋子
「本日はわたくしどもの主催するパーティーにご来場戴き、ありがとうございます。今宵は存分に楽しんでくださいましねっ」
パッパッパっと灯る明かり。赤、青、緑、様々な色の電灯。
会場いっぱいに集まっているのは、派手な格好をした人々。
全員
「ようこそ、スーパースペシャルナイトへ!」
ステージ、バンドの演奏が始まる。がなる音楽。洋子、スパンコールのドレスを脱ぎ捨てる。鋲の打ち込まれた革のブラとパンツ、網タイツ、ピンヒールブーツ。
スタンドマイクに手を添え、歌いだす。
洋子
「ハッ!ハッ!ハッ!
何くだらないことで悩んでるの〜
あんたはあたしを愛すれば良いだけ〜
女王様とお呼び〜
あたしがおしおきしてあげるわ〜」
まだ膝をついている大造に差し伸べられる手。ドラァグクイーンのヴィヴィアン(男・年齢不詳)。
ヴィヴィアン
「おじさま。一緒に踊りましょぉよ!」
大造の手を無理矢理掴むヴィヴィアン。
大造
「何をする!」
大造、軽々と引き上げられる。
やたら綺麗な顔の男、ヨッシー(25)がサクラを抱き上げる。ドギマギするサクラ。
ヨッシー
「ナンバーワンホストのヨッシーでーす。よろしく〜」
ありさの肩を叩くのは姫子。
姫子
「ありちゃんいらっしゃ〜い。あたし達とおしゃべりしましょ〜」
姫子の後ろに、ゴスロリ仲間たちが並ぶ。
一同
「ありちゃんよろしく〜」
ありさ
「…よ、よろしく…」
あちこちで巻き起こる乾杯と笑い声。
   × × ×
洋子
「FUFUFU〜
あんたはマゾなのそれともサドなの
サドならあんたは要・ら・な・い・わ
だってあたしは女王様Hey!」
派手な女の子が洋子に鞭を渡す。
洋子、鞭をしならせ、ステージに打ち付ける。
洋子
「さぁ今日のマゾは誰だい?!」
ヴィヴィアン、大造をステージに押し上げる。
洋子
「あれ?あんたかい。良いのかな〜。でも実は好きなの〜?」
芝居がかった洋子。大造、逃げようとするが恐ろしさのあまり4つんばいで必死に歩く。洋子、その背に鞭を打つ。
大造
「ひえええええ〜!」
ステージ下、何人もの男達が手を差し伸べる。
一同
「女王様、私も!」
洋子
「よ〜し。みんな纏めて引き受けるよ〜!」
どっとステージになだれ込む男達。
派手な女の子が次々にSMグッズを持ってくる。それを駆使して女王様する洋子。
逃げようとするがピンヒールで踏まれる大造。踏まれた瞬間、表情がふにゃふにゃになる。
   × × ×
ゴスロリたちに囲まれたありさ。
姫子
「ありちゃんはね〜ひぃちゃんの妹になるかもなんだよ〜」

ゴスロリ1「ええ〜まじ〜?」

ゴスロリ2「ありちゃんのがお姉ちゃんみたいだよね〜」

姫子
「ひぃちゃんもそう思う〜うふ。ねえねえありちゃん。おねえちゃんって呼んで良い?」
ありさ
「ど・どーかなーそれは…」
姫子
「やっぱダメかぁ〜。ね、ひぃちゃんのことはひぃちゃんか姫ちゃんか姫子って呼んでね?」
ありさ
「うん、じゃあ、ひぃちゃん」

ゴスロリ3・4・5「良いなあ〜」

姫子
「いいでショ」
姫子、ありさにいきなり抱きつき、下腹のあたりに耳をこすりつける。
姫子
「あかちゃん元気かな〜?」

ゴスロリ6「えっ妊娠してるの?」

 
ありさ、照れくさそうに
ありさ
「…うん」
慌てて煙草を消すゴスロリ7。
ありさ
「あ、ごめんね、気使わせちゃって」

ゴスロリ7「…ええこやな〜」

姫子
「でしょ?えへへ〜ありちゃん大好き〜」
ありさ、照れくさそうに笑う。
ありさ
「あ、ね、ヒロキチは?」
姫子
「うふふ。ナイショ」
ありさ
「?」
   × × ×
大造を含むマゾ達、鎖につながれてステージの壁際にやられている。
汗を拭きながら袖に引っ込んでいく洋子。
入れ違いにタメキチが登場。
照明が落とされ、ステージだけ明るく。
タメキチ
「お待たせいたしました。今から『タメキチのスペシャルファッションショーしまぁす」
「いよっ待ってましたー!」
「ピーピーピー(口笛)」
タメキチ
「みんなスッゴク綺麗だから、おめめ見開いといてネ。写真は良いけどお触りは無しよ?」
「おういえー!」
タメキチ、にこやかにステージを降りる。
DJが音楽を掛ける。
スポットライトが灯り、ステージに登場するモデル達を照らす。
   × × ×
姫子
「わぁ〜綺麗〜」
姫子もありさもゴスロリ達も皆、注目。
   × × ×
赤いドレスの女性。
奇抜なメイクをした少女。
うさぎの被り物をした美女。
   × × ×
ヨッシーに酒を注がれるサクラ。ステージにくぎづけ。
ヨッシー
「みんな綺麗でしょ?」
サクラ
「そうねえ」
   × × ×
シックなモノトーンのワンピース。彼氏役の男は毛皮のコート。
メイド服に猫耳。
次々と出てくるモデル達。
マゾ達はまるで背景の一部。
大造、モデル達を見ている。
モデル達は一様にはじけるような笑顔。
緑モチーフのゴシック少年が出てきた後、照明の色が増える。
   × × ×
ありさ
「あ……」
姫子、にこっと笑う。
   × × ×
ステージに出てくるのは女装したヒロキチ。あらゆる意味でとてつもない存在感。ものすごく大きな花束を手に持っている。
照明、ぱあっと明るくなる。会場全体が照らされる。
暗闇に慣れた人々は眩しそうに目を細める。
ヒロキチ、センターまで歩き、止まる。
視線が彷徨い、ありさに定まる。
   × × ×
姫子たちに手を取られ、ありさ、ステージの方へ。
ステージに押し上げられるありさ。
ありさ
「ヒロキチ…」
ヒロキチ
「オレ、綺麗?」
ありさ
「もう、馬鹿」
ヒロキチ、花束をありさに。受け取るありさ。
割れんばかりの拍手。
「おめでとー!」
「ひゅーひゅー」
「おめでとー!」
「ひょーひょー」
ヒロキチとありさ、くちづけを…
大造の声
「待て待て待てぇええい!」
鎖でつながれてる大造、ふんぬっとチカラを入れる。ばきばきと壁が割れる。
大造、くっついている2人を引き剥がす。
ありさを自分の背の後ろへ引っ張る。
大造
「何がおめでとうだ!」
スタンドマイクを奪う。
大造
「ふざけるな!こんなことで私が承知すると思っているのか!」
しぃんと静まり返る会場。
大造、ヒロキチに詰め寄る。
大造
「お前みたいなヘンタイにありさはやらん!!」
   × × ×

ヴィヴィアン「まあ!酷いわ!」

 
周りのドラァグクイーン達が一斉に悲しそうな顔になる。
   × × ×
大造
「大体なんだ!この破廉恥な集団は!お前らは日本のクズだ!社会を乱すゴミだ!おまえらみたいなのが居るから、今の日本は駄目になったんだ!」
   × × ×
ステージを真剣な表情で見あげるゴスロリ達。
   × × ×
大造
「昔はこんなんじゃなかった!実直、勤勉、誠実。行動は控えめで、そんな私達が築いてきたものが、おまえらの所為で台無しだ!」
大造、ヒロキチを指差す。
大造
「おまえらのヘンタイ遺伝子を受け継いだ子供など、誰が産ませるか!」
ぱーん!
ありさ、涙を流しながら大造をひっぱたく。
ありさ
「おとーさんのばかぁ!」
ふっとんで転がる大造。
大造
「あり…さ」
ありさ
「恥ずかしい!恥ずかしい!あたし恥ずかしい〜〜〜〜!こんなお父さんで恥ずかしい〜〜!うわーーーん」
泣き崩れるありさ。ヒロキチ、ありさの肩を抱く。
情けない顔になる大造。
ヒロキチ
「お父さんはそう思ってるかもしれないけど、オレはこういう自分が好きなんです!自分が好きなことして何が悪いんですか?!」
   × × ×
「そうだそうだぁ〜」
会場のみんな、ステージにふらふらと押し寄せる。
たちまち人でいっぱいになるステージ。
ヨッシーや姫子達に囲まれる大造。
姫子
「何が悪いのかわかンない。好きなカッコして好きなこと喋って楽しくしてんのの何が悪いの?」

ゲイバー店員「そぉよぉ。楽しまないと損よぉ?このご時世」

ヨッシー
「くらーいニュースばっかでさ。俺が思うに、みんな楽しいコトしてないんじゃないかな。そんな気がするっしょ?」

ストリッパー「するするぅ〜。ああ、もう、アタシ脱ぎたくなってきた!」

 
輪を抜けるストリッパー。
抜けた隙間にヴィヴィアンが入り込む。

ヴィヴィアン「酷いわ酷いわ大造ちゃん。アタシ、ドラァグの道に入ってから色っんなこと言われたけど、こんなひどいのはじめてよ。カマ野郎って言われるより傷ついたわぁ〜」

 
みんなの、視線、視線、視線。
大造
「う……」
ありさ
「謝るべきよ。お父さん」
ありさとヒロキチの強いめつき。
大造
「うう……」
ぺたり、膝をつく大造。
大造
「悪かった…失言でした…」
カツ…。倒れこんだ大造の背に、洋子のピンヒールが乗っかる。
洋子
「もう一言足りないわね。言ってご覧?あんたももう、判ってるんでしょう?」
大造、少々そのままの格好で沈黙してから、
大造
「ヒロキチくん…」
ヒロキチ
「はい」
洋子、足を降ろす。立ち上がった大造、ヒロキチとありさの前に進み出る。
大造
「娘を…よろしく頼む…」
2人の笑顔。
ヒロキチ
「はい!」
わあああああ!
鳴り出す音楽。壇上で始まるストリップ
ショー。踊りだす人々。
ヒロキチ、ありさを抱き寄せる。
ヒロキチ
「ありさ」
ありさ
「ん?」
ヒロキチ
「オレと結婚してください!」
ありさ、ヒロキチの格好を改めて眺めて、ちょっと笑う。
ヒロキチ
「ありさぁ」
ありさ
「ごめんごめん。えっと……」
ありさ、少しもじもじしてから
ありさ
「こちらこそよろしくお願いします」
満面の笑顔のヒロキチ。
キスする2人。
タメキチ、ハンカチで涙を拭う。
姫子
「ありちゃん、ヒロちゃん、踊ろう!」
姫子とゴスロリたちに手を差し伸べられる。手を繋ぎ、踊りに参加するありさとヒロキチ。
サクラ、ヨッシーに抱きかかえられてうれしそうにしている。
下を向いたままの大造。洋子のピンヒールが目に入る。
洋子
「そんなにぶって欲しいの?」
大造、逃げるが、ぶたれた瞬間恍惚の表情に。
   × × ×
楽しそうなありさとヒロキチ。
会場が一体となって踊る。
タメキチ
「今日は最高の日よぉ〜っ!」
うお〜っと雄叫びがあがる会場。

病院・廊下(数ヵ月後)

 
ベンチで座って待っているヒロキチ。
「おぎゃあ〜」
反射的に顔をあげる。
向こうのドアから看護婦が出てくる。
看護婦
「おめでとうございます。息子さんですよ」
ヒロキチ
「やったぁあああ〜!」

病院・病室

 
ベッドで体を起こすありさ、看護婦がおくるみに包まれた赤ん坊を抱いて入ってくる。
ありさ
「赤ちゃん…可愛い」
看護婦の手から渡される赤ん坊。
ヒロキチも嬉しそう。
ヒロキチ
「名前、どうしようか」
ありさ
「候補1、2、3。どれが良いかな」
大造とタメキチが来る。
タメキチ
「ありちゃん、おめでとう!」
大造
「でかしたぞありさ!で、名前は…」
ありさとヒロキチ、顔を見合わせる。
同時に頷く。
ありさ
「タイキチちゃんです」

タメキチ・大造「良い名前!」

 
ふふっと笑う2人。

ヒロキチ家・玄関

 
サクラと洋子が揃って出迎える。
「お帰りなさ〜い」

ありさ・ヒロキチ「ただいま」

洋子
「タイキチちゃん、ようこそ我が家へ」
タイキチを抱かせてもらう洋子。
   × × ×
姫子とその友達がリビングで待ち構えている。
姫子
「おかえり〜」
赤ん坊に群がる姫子たち。
ヒロキチ、洋子にこっそりと
ヒロキチ
「オレさぁ。ひとつ心配してることがあるんだけど」
洋子
「なんだい?こんな日に暗い顔して」
ヒロキチ、目を細めてタイキチを見つめる。
ヒロキチ
「オレの子も、やっぱり特殊な趣味持つようになるのかなぁって」
洋子
「なに?そんなことが心配なの?良いじゃないの、別に」
ヒロキチ
「ありさ…やっぱり、オレたち家族に対してなんか秘めてるんじゃないかなー…」
洋子
「そんなそぶりがあるの?」
ヒロキチ
「うーん、無いけど…」
洋子、笑ってヒロキチの背を叩く。
洋子
「あたし見ちゃッたんだけどさ。ありちゃんの部屋」
ヒロキチ
「え……なんかあったの」
洋子
「ガクトのマリスミゼル時代の写真集。しかもインディーズ時代の超レア品」
   × × ×
ヒロキチ、ヤフーオークションで落札したときのありさの喜びようを思い出す。
   × × ×
ヒロキチ
「ああ、あれか……」
洋子
「ねっ?」
ヒロキチ、首を傾げる。
洋子、タイキチの方へ行ってしまう。
ヒロキチ
「何が、ねっ、なんだろ…」
幸せそうなありさの笑顔。
ヒロキチ
「ま、いっか!」
笑い合う輪の中に入っていくヒロキチ。
全員、幸せそうな笑顔。

-了-

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