『綺麗な首飾り』

小鳥遊 茜

登場人物

坂上早斗(14)
中学3年生。孤独に魅入られた人生を送っている。何故自分が生きているのかわからない。
ユキ(16)
高校2年生。いわゆる『変わり者』。いじめの対象になりやすい。
小林桃子(15)
早斗のクラスメイト。陰気な早斗を疎ましく思いながらも気にしている。
貴之(36)
早斗の叔父。乱暴者の独身。言い方を変えれば、男らしい。
リョウコ(29)
貴之の女。水商売で生計を立てている。優しい。
東(17)
ユキのクラスメイト。軽薄な男。
叶(17)
ユキのクラスメイト。東の友人。
まゆみ(17)
ユキのクラスメイト。いじめっ子。

早斗の通学路

 
楽しそうに連れ立って歩く中学生達。
その中で一人、うつむいて歩く坂上早斗(14)。
顔を上げると、幸せそうな家族連れが横切っていく。
それを眩しそうに見つめる早斗。
早斗の声
「僕は、独りだ」

メインタイトル

『綺麗な首飾り』

早斗の中学の教室

早斗の声
「家族はある日突然いなくなった。友達と呼べる人も、いない」
休み時間、生徒達はそれぞれ楽しそうにお喋りしたり、走り回ったりしている。
その中で一人だけ、席についてじっとしている早斗。
早斗の声
「だから、僕は独りだ」
喧騒に苛ついて立ち上がり、廊下へ向かう。
教室に入ってくる小林桃子(15)とその友人二人。友人1、すれ違おうとする早斗の顔を覗き込む。
友1
「ねえねえ、アンタ小6の時桃子に告ったんだって!?」
友2
「えっマジ!?ちょっと桃子ー。聞いてないって」
男子が二人来て早斗を囲む。
男1
「うそうそ。もしかしてまだ好きだったりして」
桃子
「ちょっと、やめてよ」
早斗、無言で彼等を押しのけ去っていく。
唖然とする一同。
男1
「んだよ。おもんねー」
男2
「なにあいつ」
後ろ姿を見送っている桃子。

早斗の家・風呂場

 
ユニットバスになっている浴室、便器の蓋を閉めてその上に座っている早斗。左手に剃刀をあてがう。

ひと気の無い裏庭(回想)

 
向かい合って立つ小学生の早斗と桃子。
早斗の声
「一度だけ、独りから抜けだそうとしたことがある」
桃子、ふいに泣き出す。
どこからか少女が駆け寄ってきて、早斗を睨みつける。
少女
「やめてよ!桃子ちゃん怖がってるじゃん!」
桃子
「(泣きじゃくりながら)坂上くん、気持ち悪いから嫌い」
愕然と桃子を見る早斗。
早斗の声
「無駄だった。みんな、僕のことが嫌いなんだ」

早斗の家・風呂場

 
右手にぐっと力を入れる。赤い線が、細く左手首に走る。
途端に力が抜け、剃刀が落ちる。
頭を抱えてうなだれる早斗。

早斗の家・玄関に面した台所

 
床に座っている早斗。
玄関のドアが開き、貴之(36)とリョウコ(29)が入ってくる。
リョウコ
「(早斗に気付いて)やだ、あんたガキがいたの?」
貴之、煙草を流し台に投げる。
貴之
「ちげーよ、甥っ子だよ。(早斗に)おい、お前ぇ外行ってろ」
無言で外へ出て行く早斗。

アパートの廊下・ドアの前

 
早斗、寒そうにうずくまっている。
ドアが開き、出てくる二人。
廊下を少し行ったところで、リョウコが戻ってくる。
リョウコ
「ね、コレあげる」
差し出される首飾り。
取ろうとしない早斗の手に強引に握らせる。
リョウコ
「好きな女の子にでもあげなよ」
リョウコ走って、待っている貴之の腕に腕を絡める。再び歩き出す二人。
遠ざかる二人の声。
貴之
「あいつに物なんかやんなくていいよ」
リョウコ
「いいの、どうせ嫌いなお客さんにもらったやつだし」
早斗、そっと手の平を開く。
華奢な花モチーフの首飾り。

学校の通学路

 
歩いている早斗。楽しげな中学生たちが次々と早斗を追い越していく。
早斗、不意に口元を押さえ脇道に入る。
公園の植え込みに向かって膝をつき、えずく。
吐き気の止まらない早斗。その背に、白い手が伸びる。早斗の背を擦りはじめる制服の少女ユキ(16)。
早斗驚いて顔を上げようとするが、吐き気が込み上げて再びえずく。

公園・ひと気の無い木々の間

 
ユキ、座っている早斗にハンカチを差し出す。
恐る恐る受け取る早斗。
早斗
「なんでこんなことしてくれるの……」
ユキ
「(微笑んで)君がかっこいいから」
早斗
「僕をからかってるの!?」
ユキ
「なんで?」
歩き出すユキ。
座ったままの早斗。ユキ、早斗を振り返る。
ユキ
「学校行かないの?」
俯く早斗、膝を抱える。
ユキ
「あたしも学校嫌いだよ。一緒だね」
ユキ、再び歩き出す。
早斗、俯いたまま。
枯れ葉を踏む音が遠ざかっていく。
迷うように瞳をさまよわせる早斗、とうとう顔を上げ、立ち上がる。
早斗
「また、会える?」
足が止まるユキ、振り向く。
ユキ
「また会いたいの?」
真剣な早斗の表情に、ユキ柔らかく笑う。
ユキ
「じゃあ……毎日ここで会おうか」
眩しそうにユキを見つめる早斗。ゆっくり頷く。
ユキ、踵を返して去っていく。

教室

 
生徒達が帰っていく。
一人の早斗。鞄に教科書を詰め込んでいる。
桃子来て、早斗の前の席に座る。
桃子
「ねえ、坂上くん、昔のことまだ気にしてたりするの?」
早斗、桃子を上目遣いでちらりと見遣るが、無視して立ち上がる。
桃子、立ち上がり早斗の前に立ち塞がる。
桃子
「待ってよ。あんたがそんなんだから、なんか私があんたの性格歪めたってみんなに思われてんのよ」
早斗、桃子の眼を見ない。
桃子
「昔の事は謝るからさあ、もっと普通にしてよ。ね?ね?」
桃子、何も言わない早斗に、少し苛立ち始める。
桃子
「坂上くん、あんた自分のこと不幸で可哀相な子だって思ってるんでしょ。自分はみんなとは違うとかって思ってるんでしょ」
早斗、桃子と眼を合わせないまま、教室を出て行く。
唇をかみ締めながらそれを見送る桃子。

公園・ひと気の無い木々の間

 
ユキがいる。
駆け寄る早斗。微笑み合う二人。
   × × ×
二人、木を背もたれにして座っている。
ユキが鞄からマルボロメンソールライトを取り出し、一本咥え、百円ライターで火をつける。
旨そうに煙を吐くユキを不思議そうに見つめる早斗。
ユキ
「吸う?」
火のついた煙草を早斗に渡す。
早斗、ゆっくり口に持っていく。
咳込む早斗。
ユキ
「フフ、お約束通り」
ユキに煙草を返す早斗。ユキを見つめる。
早斗
「名前は?」
ユキ
「ユキ」
早斗
「早斗」
ユキ
「ユキと、早斗」
早斗、熱っぽくユキを見つめている。
ユキ
「ただの、ユキと早斗。それ以外に何も無い……ひとりずつの人間ふたり」
見詰め合う二人。
唇が重なる。
短く、何度もキス。
微笑み合う二人。
早斗、ポケットから首飾りを取り出し、ユキに差し出す。
ユキ
「……くれるの?」
頷く早斗。ふと思い立ち、首飾りの留め金を外す。
ユキの後ろに回り、首飾りをつける。
ユキ、自分の首元の首飾りに、確認するように触れる。中央の花を見て、指でなぞる。
ユキ
「ありがとう……綺麗」
嬉しそうなユキ。
   × × ×
あたりはすっかり暗い。
早斗、ユキの肩を抱いている。
早斗
「帰りたくない」
ユキ
「うん」
早斗
「僕、ユキが好き」
ユキ
「うん」
早斗
「ずっと一緒に居たい」
ユキ
「うん」
ユキの声が滲む。早斗、驚いてユキの顔を覗き込むが、暗くてよく見えない。
早斗
「泣いてるの?」
ユキ
「……」
そっとユキの頬に触れ、濡れているのを確認する。そして、唇で涙の線を伝う。
早斗
「なんで泣いてるの?」
ユキ
「……わかんない……」
そっと抱きしめる早斗。

ユキの高校・教室

 
昼休み、一人で読書するユキ。
ユキのクラスメイト・まゆみと女子の集団がやって来て、ユキの近くでうるさく喋り出す。
ユキ、特に気にせず読書を続ける。
クラスメイトの東(17)が来て、ユキの前の席に座る。
「ねえねえ、今度遊びに行かない?」
ユキ
「……」
ユキ、本を閉じる。しかし東に目を合わせない。
「そんなに警戒しないでよ」
ユキは無視して、本を持って席を立つ。東、思わずユキの腕を掴む。
それを大袈裟に振りほどくユキ。走って教室を出て行く。
東、ふてくされて机を蹴飛ばす。見ているまゆみと眼が合う。
にやりと笑うまゆみ。

早斗のアパート・廊下

 
早斗がドアを開けようとすると、中からリョウコが出てくる。
リョウコ
「ああ、おかえり」
入れ違いに早斗が家に入ろうとする。
リョウコ、早斗の肩をつかんで自分に向かせる。
リョウコ
「(笑いながら)あんた、あれ誰かにあげたね〜?」
見透かされて少し動揺する早斗。
リョウコ
「やっぱりね。あんた、すっごくいい顔してるもん。そんな顔の方がずっといいよ」
早斗の頬を軽くたたく。
リョウコ
「じゃ、ね」
去っていくリョウコ。

早斗の学校・教室

 
授業が終わり、ざわつく教室。
急いで鞄を持って教室を出ていく早斗。
それを不審な眼で見送る桃子。

公園・夕刻

 
手を握り合って座っている二人を、遠くから見ている桃子。
   × × ×
早斗
「僕は今まで一人だったんだ。ユキと会うまで。……みんな、僕のことを、暗いとか、何考えてるかわかんないとか言って拒絶するんだ。ユキが初めてなんだ。僕を受け入れてくれたのは……」
ユキ、早斗の手をきつく握り返す。
ユキ
「さみしかったの?」
早斗の指を広げ、その間に自分の指を入れて再びきつく握る。
ユキ
「……もう、ひとりじゃないよ。あたしがいるよ」
早斗の肩に頭をつける。
早斗
「なんで、僕を受け入れてくれるの……?今まで、誰も僕のこと好きになってくれなかったのに……」
ユキ
「理由がなくちゃ駄目?」
ユキ、身体を起こし、早斗を見つめる。
ユキ
「早斗だから、好きになったのよ。他に理由なんて何も無い」
早斗
「僕、わかんないよ……」
ふと、ユキのブラウスの襟元に目が留まる早斗。
早斗
「……首飾りは……」
ユキ
「えっ」
自分の胸元を押さえるユキ。続いて身体のあちこちを触って探す。
立ち上がり、スカートのポケットを探す。
早斗
「あ……」
ユキの足元に、鎖の切れた首飾り。拾い上げる早斗。
ユキ
「なんだ、よかったー!」
早斗から受け取るが、鎖が切れている。
ユキ
「壊れちゃった……?」
立ち上がる早斗。
早斗
「直してあげる」
ユキを残して走り出す。
早斗
「(走りながら)道具取ってくるから、待ってて」
一度手を振って、小さくなっていく。
   × × ×
早斗が公園の出口に差し掛かると、見ていた桃子と眼が合う。
桃子、何か言いかけるが、早斗は無視して行ってしまう。
   × × ×
嘆息して煙草に火をつけるユキ。
   × × ×
桃子、ユキの方をそっと窺う。
ユキは煙草を片手にふらふら歩いている。
木々の間から東が出てくる。ユキに何か言っている。
東、ユキの手を取って連れて行こうとするが、ユキは手を振り解こうとする。しかしもう一人、ユキのクラスメイトの叶(17)が現われ、東と二人でユキを連れ去る。
見ていた桃子、皮肉に笑って立ち去る。

公園・夜

 
早斗、ユキを探して走り回っている。
雨が降り出す。
早斗立ち止まり、荒く息をついて膝に手をつく。
ふと目に入る、落ちている首飾り。
それを拾いあげる。
傘を差して歩いてくる桃子。
桃子
「さっきの子なら、男が迎えに来てどっか行っちゃったわよ」
早斗振り向く。
桃子、早斗とたっぷり距離を置いて立ち止まる。
桃子
「あんた、からかわれてたんじゃないの……あの制服、高校生じゃない……」
早斗
「……」
早斗、顔を伝う雨の滴を拭う。
早斗
「……僕に構わないでよ……」
桃子
「なによそれ……」
早斗、桃子に近づいていく。
早斗
「もう僕は君なんか好きじゃないんだ!君と僕は、もう何の関係もない!」
桃子を睨みつける。
桃子、しばらく早斗を真っ直ぐ見返すが何も言わずに立ち去る。
ひとりになった早斗。首飾りを握りしめている。

早斗の家・夜

 
早斗、雨に濡れた身体でドアを開ける。
明かりがついている。ふと感じる異様な空気。台所を通り過ぎ、居間へ向かう。
目に入る、鼻血を流すリョウコ。
部屋も荒れている。
リョウコの向こうにいる、狂気の目をした貴之。
早斗を見つけた貴之が、リョウコを押しのけて早斗に掴み掛かる。
貴之
「うおおおおお!」

廃ビル外観・夜

 
東、叶、まゆみがビルから出てくる。
まゆみは楽しそうに笑っている。

廃ビルの中

 
無機質な灰色の中、ユキが倒れている。
その制服は泥だらけ。ブラウスは引き裂かれ、胸元が露わになっている。太股あたりから出血していて、その量は半端ではない。
ユキ
「う……」
苦しそうに、少し身じろいでいる。

早斗の家・夜

 
早斗を容赦無く暴行する貴之。
頭を抱えて必死に身を守る早斗。
貴之の蹴りが、早斗の腹に入る。
腹を抱えて咳込み、うずくまる。
貴之、早斗の襟首を掴んで引き揚げ、もう一度蹴りを入れようとする。
リョウコ、貴之の背中にむしゃぶりつく。
リョウコ
「やめてぇぇ!」
貴之、早斗を離すがその腕でリョウコを殴る。そして、リョウコに馬乗りになり、下着を剥ぎ取る。
早斗、後ずさり逃げ出す。

アパートの廊下

 
出てくる早斗、ドアの横で耳と目を塞いでうずくまる。

公園・次の日

 
しゃがみこんで首飾りを弄んでいる早斗。
切れた鎖をじっと見つめる。
視界に入る、制服の少女。はっとして顔をあげる。
ただ通り過ぎて行く、見知らぬ少女。
嘆息してうつむく。
立ち上がり、あたりを見回してみる。が、ユキは来ない。
早斗
「ユキ……?」

教室

 
頬杖をついて俯いている早斗。
黒板には、『進路』と書かれている。
担任
「じゃあ……鈴木。鈴木は何になりたいんだ?」
指された鈴木(14)、立ち上がる。
鈴木
「わたしはァ、ファッションデザイナーになりたいんだー。だから、将来海外にも行けるように、英語科の高校に入ろうと思ってるのー」
生徒達がざわつく。
「お前じゃむりだよー」
鈴木
「もうっ!無理じゃないよー」
担任
「はいはい、皆静かにしろ。鈴木にはもうちょっと勉強してもらおうかな。なあ鈴木」
ふて腐れて席に着く鈴木。
担任
「次は……坂上、お前は何になるんだ?」
早斗、下を向いたまま。
生徒達の視線が早斗に集まる。
早斗を見ている桃子の顔。
担任
「坂上?何でもいいから、何か言ってみろ?」
早斗、顔をあげる。
早斗
「将来なんて……」
担任
「なんだ?もっと大きな声で発言しろ」
早斗
「……今の生活でさえ望み通りにいかないのに、将来の夢が叶うわけないじゃないか!」
激しく立ち上がる早斗。
早斗
「望んで手に入るなら、こんなに辛い思いなんかしない!望んだって、何も変わらない!」
唖然と早斗を見ている生徒達。
早斗の目から涙が零れ落ちる。次の瞬間、早斗は教室を走って出て行く。
担任
「おい、坂上!」
廊下に顔を出す担任。
走っていく早斗を追って、桃子が教室を出て行く。
担任
「お、おい……」

公園

 
いつもの場所に走ってくる早斗。だれもいない。
座り込む。
桃子来て、早斗の隣に座る。
早斗、桃子を気にすることなく空を睨んでいる。
桃子
「一緒に、あのひとを待ってもいいでしょう?」
早斗答えない。
桃子、息を吐くがそのまま座っている。
   × × ×
空が赤くなっていく。
早斗、膝の間に顔を埋めている。
桃子
「来ないじゃん……」
早斗反応しない。
桃子、立ち上って伸びをする。
桃子
「ねえ、あんたさあ……あの人に好かれてたとでも思ってたわけ……?」
早斗の顔が上がる。
桃子
「あの人、別の男にも色目使ってたのよ!それでもそんなにあの人が好きなの!?」
早斗
「僕を受け入れてくれた……」
早斗の目に涙が溢れている。
桃子
「そんなの嘘よ!じゃあなんであれから来なくなったのよ!あんた、あの人の気まぐれでちょっかい出されてただけなのよ!」
早斗
「……」
黙り込む二人。
早斗、立ち上がる。
早斗
「やっぱり、僕は誰からも相手にされないんだ……僕が死んだって、誰も何とも思わないんだろうな……」
桃子
「なによそれ……」
桃子、立ち上って早斗と向き合う。
桃子
「淋しそうにしてたら誰かが手を差し伸べてくれるとでも思ってるの!?……ううん、あんたの方が他人を拒絶してるんじゃない!」
早斗
「何言ってるんだよ……」
桃子
「なんで気付かないの!?あんたさえちょっとでも周りを見て、ほんの少し変われば、あんたを見てくれている人がいることに気付くはずよ!それに、なんなのよ、教室で言った事!『望んだって何も変わらない』?そんなの当たり前じゃない!あんた自身が変わらないと周りが変わるわけないじゃない!」
早斗、驚いたように桃子を見ている。
桃子
「……あんたはいつだって、周りの人間が都合よく自分を好きになってくれるのを待ってるだけなのよ!」
早斗
「でもユキは、このままの僕を好きになってくれたんだ!」
桃子
「ばか!ユキは来ないじゃない!もう、ここには来ないのよ!」
愕然とする早斗。何かが切れてしまったように、生気のない瞳で桃子の向こうを見る。
早斗
「……ユキは僕が嫌になった……?」
ふらふらと歩き出す早斗。
早斗
「僕が変わらないと、誰も僕を好きになってくれない……?」
桃子の目から涙が溢れている。
早斗
「僕は……変われないよ……」
桃子
「臆病者!ばか!」
桃子、涙を拭いながら走り去る。
早斗の声
「変わるなんて……僕にはできない……わからないんだ……」
暗転。
早斗の声
「変わらないと誰にも愛されない……誰も愛してくれない……僕は、変われない……それなら……」

早斗の家

 
暗い部屋のドアが開き、入ってくるリョウコ。
リョウコ
「貴ちゃん……いるの?ごめん、私が悪かった……」
部屋をゆっくり進む。
ふと風呂場の明かりがついているのが見え、そっと戸を開ける。
リョウコ
「……きゃ……」
赤い浴槽。
湯船に左手を浸して動かない早斗。
その右手に握られた、鎖のつながった首飾り。
リョウコ、床の上に無造作に置かれた手紙を手に取る。
早斗の声
「僕は変われない。変われないと生きていけないのなら、僕は、生きられない。……でもユキ、僕は、本当に君が好きだったんだ」
滂沱の涙を流すリョウコ。

病院の個室

 
突然目を開けるユキ。
はっとして身体を起こす。しかし、体中の痛みに顔をしかめる。
看護婦が病室を訪れる。
看護婦
「気がついたの?よかったわ。あなた、大変な目にあったのよ……」
ベッドから立ち上がろうとするユキ。
看護婦
「だめよ!まだ充分に回復していないのよ」
ユキ、押さえようとする看護婦を恐ろしい眼で見返し、暴れ出す。
ユキ
「行かなきゃ!待ってる!待ってる!」
医者が駆けつけ、無理矢理に鎮静剤を打ち込む。
たちまち脱力するユキ。
看護婦
「無理もないわ……ショックが大きすぎるんです。可哀相に……」
薄れる意識の中、看護婦を睨み続ける。

公園

 
枯れ葉の中をふらふらと歩くユキ。
時々木々を見上げている。
向こうからやってくるリョウコ。あの首飾りを身につけている。
ユキ、首飾りに目が留まる。
ユキ
「それ……」
リョウコ、立ち止まる。
二人の間を風が吹き抜ける。
リョウコ
「じゃあ、あなたが『ユキ』?」
ユキ、不思議そうにリョウコを見る。
リョウコ、鞄から手紙を取り出し、ユキに差し出す。
リョウコ
「あんたに見せるべきじゃないのかもしれないけど……あの子が……早斗が最期に書いた手紙……」
ユキ、震える手で手紙を受け取る。
   × × ×
公園の木にもたれて手紙を読むユキ。
目から離し、折りたたむ。
頬を、涙が伝う。泣き笑いのような表情。
ユキ
「あたしも……あたしも、早斗が好きだったよ……。あの時の早斗、変わらないあのままの早斗が、あたしは好きだったんだよ……」
首に掛かっている、早斗からもらった首飾りが光っている。

-了-

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