『羨望』

小鳥遊 茜

登場人物

桜田源太(34)
うだつのあがらないサラリーマン。
桃子(19)
画学生。自分の才能に自信がない。
桜田さゆり(30)
源太の妻。お受験ママ。
桜田将太(6)
源太の一人息子。頭良さそうな顔している。
山内(50)
源太の上司。厳しく優しい。

桜田家・リビング

 
朝食をせわしなく食べている桜田源太(34)。その後ろで、妻・さゆり(30)と息子・将太(6)が朝の準備に追われている。
さゆり
「(将太の幼稚園の制服のボタンをかけながら)おとーさん、今度付属小学校の説明会があるんだけど、両親そろって行った方がいいらしいのよ。来週の日曜なの。行けるでしょ?」
 
源太、カバンを持って食卓を離れる。
さゆり
「ちょっと、聞いてるの!?」
 
源太、さゆりの目の前を素通りし、玄関へ向かう。それを追っていくさゆり。
さゆり
「両親のコミュニケーションがバッチリでないと、合格は難しいのよ。ねぇ、お願いよ」
 
源太、靴をはき、ドアをあける。
源太
「公立でいいよ、小学校なんか」
 
出てゆく源太。
さゆり
「何よ!私は将来あなたみたいな人生を送ってほしくないだけなんだから!」

桜田家・外観

 
苦々しい顔で去っていく源太。

メインタイトル

『羨望』

金沢商事・オフィス

 
源太の上司・山内(50)が、部長席に座っている。その前にうなだれて立っている源太。
山内
「まただめだったのか、桜田君」
 
山内、手に持っていた書類を机の上に放る。
山内
「君、この部署で一番成績が悪いんだよ。なんとか、今日の契約はとってもらいたいんだよね」
源太
「はい。申し訳ありません」
 
源太、一礼して、自分のイスにかけていた背広を手にしてオフィスを出て行く。山内、ため息をつく。

前川駅・ホーム

 
電車を待っている源太。源太の他にはほとんど待っている客はいない。
まもなく電車が到着し、乗り込む源太。

電車内

 
源太の車両には他に誰も乗っていない。
にもかかわらず、席につかずドアの窓から外をぼんやりながめる源太。
電車が動き出す。ホームには、サラリーマンや学生らしき人々がまばらに見える。そのうち、ホームの端にいる数人の若者が視界に入る。いずれも、絵を入れておくような黒いケースや、筆や絵の具の入った箱を携えている。
彼らは煙草を吸ったりしてのんびり談笑している。
源太、車内からまぶしそうに彼らを見つめる。
   × × ×
次の駅に着き、停車する。
源太の立っているところのドアから、さっき見た若者達と同じように黒いケースを持った桃子(19)が乗り込んでくる。
桃子、源太の立っている向かい側の席の端に座る。
源太、桃子を気にしてチラチラ盗み見をするが、桃子は気づかない。
アナウンス
「次は吉田ー吉田でございます」
 
源太、また桃子の方を見る。
二人の目が合う。源太、予想外の出来事に驚き、すぐにそらしてしまう。
電車が停車する。
桃子、席を立ち、降車する。
源太、桃子に続いて降りる。
が、勢い余って桃子にぶつかる。

吉田駅・ホーム

 
ケースがひらき、ホームに散乱する桃子の絵。
源太
「あーーーっ、すみません」
 
急いで絵をひろう源太と桃子。
源太、最後の一枚を手にとり、じっと見入る。
源太
「うまいもんだな。すごいな、こんな絵が描けるの」
桃子
「お恥ずかしいです。先生方には、酷評ばかりもらってるんですよ」
源太
「(絵を手渡しながら)とんでもない。すばらしい絵だと思うよ」
 
桃子、恥ずかしそうにケースに絵をしまう。源太、それを見守って、
源太
「自分の好きなことやれて、うらやましいな。……じゃあ、悪かったね」
 
歩き出そうとする。
しかし、桃子は動こうとしない。
よく見ると、今にも泣き出しそうだ。
源太
「!」
 
かけ寄る源太。

同・ベンチ

 
桃子、缶ジュースを手にベンチに座っている。
桃子
「すみません、お仕事中なんでしょう?」
 
横に源太がいる。
源太
「泣きそうな女の子をほっとけないよ」
桃子
「ありがとう……」
 
桃子、ジュースを一口飲む。
桃子
「さっき、自分の好きなことやれてうらやましいな、っておっしゃったでしょう?」
源太
「ああ」
桃子
「それ聞いて、自分が情けなくなっちゃったんです」
源太
「へえ……どうして?」
桃子
「自分の好きなことやってるはずなのに、満足できないんです。描いても描いても、先生には『個性がない』って言われて、だんだん描くのが嫌になってきて……結局毎日、仲間とたむろして文句ばっか言ってるんです」
源太
「それで情けないんだ。でもまあ、若いうちなんて、そんなものだと思うけどね」
桃子
「でも、本当に、こんな自分が嫌で、たまらないんです。毎日がだらだらと過ぎていって、学校もサボってばっかりで。頭では頑張らなきゃってわかってるのに、何もしたくないんです」
 
源太、にっこりほほえむ。
源太
「それだけわかっていれば大丈夫だ。いつか、才能なんてものは、自分でつくるんだ。本当に好きなことなら、信じて続けていれば本物になる」
 
源太の顔がくもる。
源太
「もっとも、僕には好きなことなんて一つもないんだけどね」
 
桃子、源太を見る。
源太
「僕は、やりたいことがわからないまま大人になって、家族を養う為だけになりたくもなかったサラリーマンになって、万年平社員が約束されたような無能な人間なんだ」
 
源太、缶ジュースを一口飲む。
源太
「全く、我ながらくだらない人生だ」
 
ふぅっと、ため息をつく。
桃子、現太のスーツの袖にそっと触れる。
桃子
「ちっともくだらなくなんかない」
源太
「…?」
 
真剣な顔で源太を見つめる桃子。
桃子
「私たちは、将来のことなんて、少しも考えてない。その日一日が楽しければ、何をしたっていいと思ってる仲間もいる。桜田さんみたいに、真剣に人生を考えてなんかないの」
 
涙目の桃子。指で目頭を押さえる。
桃子
「たとえ自分のやりたいことでなくても、家族を養うために働ける、桜田さんの方が、こんないいかげんな私たちより、もっといい生き方をしているんだと思う」
源太
「……驚いたな。そんな風に思っているのか。……僕がいい生き方をしている……」
 
源太、笑顔。
源太
「すごいな、君は。そんなこと、考えつきもしなかった。いい生き方……ははっ」
 
うなずく桃子。
源太、桃子を見つめる。
源太
「ありがとう。君みたいな、若い人からそんなこと言われるとは思わなかった。若い子は僕らサラリーマンを人生の敗北者くらいにしか思ってないと思ってたからね」
 
源太、ふと腕時計を見る。
源太
「やばい、取引先との待ち合わせがあるんだった!」
 
勢いよく立ち上がる。
源太
「ごめんね!もう行かなきゃ!」
 
桃子も立ち上がる。
源太、歩きかけて、
源太
「僕は、君の絵を見て正直に感動したよ。今は辛いかもしれないけど、きっといい絵が描けるようになるよ。あきらめないで、続けるんだよ」
 
桃子、満面の笑み。
桃子
「はい。話、聞いてもらって、ありがとうございました。私、今から学校行こうと思います」
源太
「こちらこそ、ありがとう。すごく、いい時間だった」
 
お互い、名残惜しそうに見つめ合う。
源太
「……じゃあ…」
 
立ち去る源太。その足取りは、今までにない程軽やかだ。
桃子、源太の後ろ姿を見えなくなるまで見送る。

-了-

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